03.凱旋
予定通りに帰還を果たした王太子軍は、王都の目抜き通りを行進し、王宮へと向かった。
ゴーラン騎士団の象徴である黒の甲冑を身にまとった騎兵が一糸乱れぬ隊列を組み、駿馬と共に王都をゆっくりと進んでいく。
フィリップ様と共に王都入りしたゴーラン軍のほとんどが騎兵なので、彼らの行進は力強く、迫力満点だ。
その雄々しく勇壮な行進に駆けつけた大勢の市民が湧いた。
「……?」
王都は我が国一の大都市である。
だからとびきり栄えているのだが、私の目に映る二年半ぶりの王都はどこかくすんで見えた。
私の知る王都はもっと綺麗で華やかだった気がする。
老若男女、たくさんの人々が通りにひしめいて王太子軍の凱旋を祝ってくれているが、女性が少ない。
治安が良くない街の特徴だ。
街中にどこかピリピリとした雰囲気が漂っている。
こういうパレードの時は花売り娘が大勢出て、花を売っていたものだが、季節が冬であることを差し引いても、その数は少なく見えた。
最近王都の景気が悪いという話は旅の商人から聞いていたが、本当だったようだ。
フィリップ様は王の間にて、王に謁見した。
「父上、ただいま戻りました」
「おお、フィリップ、よく戻った」
王は諸侯が居並ぶ中、嬉しそうにフィリップ様に駆け寄り、彼を立たせ、その肩に手を置く。
「皆、良く聞け。我が子フィリップが、南国スロランと南部の戦いをおさめ、彼の地に平和をもたらした。長きに渡る戦が終わった」
王は高らかにそう宣言した。
「…………」
私は騎士の礼を執りながら、周囲を伺う。
およそ集められる限りの中央貴族が集まっているが、その中に宰相と王妃の姿がない。
王は王妃達の断罪を決断したのか――?
私は密かに安堵のため息をついた。
我が国に原則として退位はない。王の死後に予め王から指名された王太子が王位を継ぐのである。
無論何事も例外はあり、歴史を紐解けば、重い病気を患ったり、大きな失政をやらかした時は退位するがごく稀なことだ。
王太子とて王に退位を迫るのは、穏便な王位継承のやり方とは到底言えない。一つ間違えれば、フィリップ様は我が国の歴史に簒奪者として名を残すことになりかねない。
王が王妃とギール家を自らの手で処罰してくれれば、フィリップ様は新たな悲しみを背負わないで済む。
「アストラテート辺境伯」
「はっ」
今回の最大の功労者であるアルヴィンの名が王に呼ばれるのは折り込み済みだったが、続けて、
「エミール・サーマス、リーディア・ヴェネスカ」
我々に声を掛けられるのは想定外だった。
「はっ」
「よくぞフィリップを助けてくれた。礼を言う」
王は我々をそうねぎらった。
予想よりは百倍くらいすんなりと謁見が終わり、ホッとする私だったが、
「フィリップ王太子殿下」
声を掛けてきたのは、王の侍従である。
続いて彼は、
「アストラテート辺境伯、サーマス卿、ヴェネスカ卿」
と我々の名も呼んだ。
「国王陛下がお呼びです」
談話室に通されるとそこには王の姿があった。
玉座では堂々とにこやかに見えた彼だが、今は少し疲れている様子だった。
「国王陛下におかれましては……」
我々は礼を執ったが、王は「いや……」とやんわり手を振る。
「そなたらも忙しい身だ。回りくどいことはやめよう。かけたまえ」
座ると王は言った。
「話というのは王妃達のことだ」
私は眉をひそめる。
まさか命乞いをする気か?
我々の不快感を見抜いたように、王は手を振る。
「彼らの罪は明確だ。余も分かっておる。スロランとロママイの大使まで同行しては有耶無耶には出来ぬ。フィリップの言う通りにしよう」
悲しげだが、王はそう確言した。
「ありがとうございます」
フィリップ様は父王に向かって感謝を述べた。
「ただ、王妃が言うのだ。『最後の頼みを聞いて欲しい』と」
はぁっ? と声を出さなかったのは、我ながら褒めてやりたい。
何言い出すんだ? あの女狐。
「『離宮に向かうのは、戦勝記念の舞踏会に参加し、立派になったフィリップ様のお姿をこの目で見た後にしとうございます』と……。宰相も同じことを言った。『舞踏会の後でならどんな罪もお受け致します』と」
王は感動した様子で目を潤ませた。
「なさぬ仲、そして行き違いからこのようなことになってしまったが、そなた達は親子。どうか母の最後の望みを聞いてやって欲しい」
「そうきやがったか……」
アルヴィンが誰にも聞こえないくらいの声で毒づいた。
「舞踏会は十日後に執り行われる。アストラテート辺境伯はヴェネスカ卿と婚約したそうだな」
「はい」
用意の良いアルヴィンはこの期にさっさと貴族院に婚約の届けを出している。
「二人もサーマス卿も、もちろんフィリップ、そなたが主役だ。皆、舞踏会を楽しんで欲しい」
王はそう言うと談話室から出て行く。
「反対は、出来ないね」
フィリップ様はさすがに落胆を隠せないご様子だ。
「形としては、こちらの意向を飲んだことになります故」
サーマスが苦々しく答えた。
外国の王太子を巻き込んだ大量殺人未遂を「行き違い」という王の認識の甘さに気が遠くなりそうだ。
誰もが暗い表情だったが、
「間違いなく、仕掛けてくるな」
アルヴィンだけはニヤリと不敵に微笑んだ。
「こいつは面白くなってきやがった」






