01.勝利条件
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講和条約の調印から三日後には、フィリップ様は王都に帰ることになった。
総大将であるフィリップ様はこの度の終戦を王に報告する義務がある。
調印式で暗殺未遂事件が発生し、その主犯が副団長以下セントラル騎士団の団員三十名。
あまりにも数が多すぎるため、サーマスや団長といった殺されそうになった側以外の所属する団員全員が暗殺未遂事件の取り調べを受けることになった。
さすがにこの状態ではセントラル騎士団にフィリップ様の護衛は任せられない。異例だが地方軍であるゴーラン騎士団二千騎が王太子の近衛をつとめることになり、共に王都に向かう。
ゴーラン騎士団以外に中央軍として参戦した各貴族家の兵は既に解散し、各家に戻っている。
貴族家そのものはフィリップ様を支持する王太子派だが、従軍した者の中には多数の王妃派が混じっていた。
フィリップ様は各貴族家に対し、協力に対する感謝の書状を出すと共に、アルヴィンが集めたその証拠も同封した。
裏切り者の始末は各家で付けてくれることだろう。
私もフィリップ様もゴーラン騎士団が警備してくれる方がセントラルの騎士達よりは余程安全なので、これを喜んだが、アルヴィンは大変だったようだ。
「これからが稼ぎ時なんだが……」
こぼしながら休みもせずに各方面に指示して周り、
「三日だけ下さい。準備があります」
と言って姿を消した。
アルヴィンが戻ったのは出立の日の朝だった。
彼の服はかなり汚れて、彼自身も疲れ切っていた。
「アルヴィン、何かあったんですか?」
思わず私が尋ねると、
「ああ、ダンジョンに行っていた」
という答えだった。
「え、ダンジョン?」
「しばらく誰も深いところに潜っていなかったようで、かなり上物が手に入った」
とご機嫌だ。
成果は上々だったようだが、今何故アルヴィンは自らダンジョンに潜ったのだろうか?
出発の時間が迫っている。
アルヴィンを問い質すことは出来ないまま、キラーニー始め南部軍に見送られ、王太子軍は王都に向けて出立した。
騎士団長はセントラル騎士団の取り調べに立ち会うために、レファもキラーニーの護衛として南部に残ることになった。
キラーニーの従兄弟の件から王妃派が南部のどこに紛れ込んでいるのか分からなくなった。
絶対に信用出来る味方として、アルヴィンはレファにキラーニーを守らせることにしたのだ。
ウルやケーラ、ブラウニーやプーカ達はノームと共に先に楡の木荘に帰った。パンシーを除き彼ら、妖精や精霊や魔獣達は、王都行きには同行しない。王都は人が多く魔素が薄い。そうした場所は彼らの力を衰えさせてしまうからだ。
ただウルの息子の仔牛はこの南部ルミノーに残ることになった。
ケーラは二匹の牛を産んだが、男の子の方の牛はウルにそっくりで、精霊の血が強いのだという。
いずれ自立して森の王として生きていく宿命だ。
まだ巣立ちには少し早いのだが、新たな王としてこの地に住まい森を再生させることを彼は選んだ。
仔牛の眷属として半分近くの妖精達もこの地に残る。
じきにルミノーは豊かな森を取り戻すだろう。
ロママイの王太子はスロランの王太子と同行し、スロラン国王の戴冠式に参加する。
前国王を自決という形で失ったスロラン国王の戴冠式はこの数日後、慌ただしく執り行われる予定である。
急遽決まった戴冠式に諸外国からの参加は少ないはずだ。
そんな中でのロママイの王太子の列席は、式典に大いに花を添えることだろう。
前国王の死によってスロランは一時的には混乱したが、既に王太子を中心に立て直しを始めている。前国王の死によって国内の戦争推進派は一掃され、周辺国も融和路線を取る王太子の国王即位を支持している。
我が国からは王の従兄に当たる公爵が参列する予定である。
***
王都に向かう間、フィリップ様は幾度も暗殺の危機に晒された。
道中はゴーラン騎士団で周りを固めているため、何事もなかったが、宿泊先の貴族家での晩餐の席で給仕がフィリップ様のスープに何か混ぜたとか、寝室に毒蛇がいたとか、そりゃもう様々だ。
王妃派もなりふり構っていないようで、かなり強引にしかけてくる。
もちろんすべて未然に防いだが、一番身近でフィリップ様の護衛をするサーマスに思わず同情した。
「息つく暇もないな、サーマス」
「リーディア達がいてくれるから前よりは全然いい。周りは味方だって、確実に信じられる奴らばかりだからな」
そう言うと、サーマスは寂しげにため息をついた。
「ゴーラン騎士団の連中はアストラテート伯のことを裏切らないだろう。セントラル騎士団は、そうじゃなくなっていた。誰が味方か敵か、分からないのは結構、シンドイもんだぜ」
「だろうな」
私もそれを一度味わった。
フィリップ様を庇ったあの時、「衛兵!」と声を上げた私に周囲は誰も答えなかった。
あの時の心が冷えるような感覚は忘れがたい。
同時に命に代えてもフィリップ様を守らねばと思った。魔法の力は失ったが、後悔はない。
ちなみに今日は、領主の妹夫妻がフィリップ様に向かってナイフを振りかざし、晩餐会が滅茶苦茶になったので、私がゴーラン騎士団の宿舎でフィリップ様の夕食を作っている。
未遂に終わらせたとはいえ、毎度これでは何か食べるのは怖いだろうに、フィリップ様は「リーディアの作るものなら何でも食べるよ」と言ってくれる。
フィリップ様は、ノアと共にキッチンで食事が出来るのを待っている。
お守りする護衛が少ないからというのもあるが、なんでかフィリップ様はキッチンで私が料理をしているのを見るのがお好きだ。
メニューはカブや冬キャベツ、きのこを使った冬野菜のマリネ。それと丸ごとカボチャのグラタン。くりぬいたカボチャの中に鶏肉にカボチャ、玉葱、きのこ入りのホワイトソースをたっぷり詰め込んでオーブンで焼く。
そして騎士団の主食と言えば肉。
肉は外で豚を丸ごと一頭豪快に焼いている。それもいっぺんに三頭も。
「焼けたぞー」の声に、
「うおおおっ」と雄叫びが響く。
肉の焼ける食欲をそそる匂いがここまで届く。
既に季節は冬だが、ゴーラン騎士団は狭い室内で食事するより、野外にテーブルを出して、あるいは直接地べたに座って、皆でわいわいと炎を囲んで食べるのを好む。
フィリップ様は外の様子が気になるのか、そわそわしている。
豚の丸焼きなんて王宮ではまずお目にかかれないメニューだから、珍しくて仕方ないご様子だ。
「殿下、よろしければ野外で皆と一緒にお召し上がりになりますか? 焼きたてのお肉は美味しいですよ」
誘いかけると、彼は嬉しそうに席を立った。
「良いのか? リーディア!」
「はい、もちろんですよ」
デザートは野外用の丈夫な蓋付きの鉄鍋で作るアップルパイだ。いくつもの鉄鍋をたき火に吊るし、大人数分をいっぺんに作る大胆さとは裏腹に、生地はサクッと中はとろとろの絶妙な味わいに仕上がる。
「お話がありますので、デザートは中でとりましょう」
アルヴィンに促され、デザートと共に別室に移動する。
熱々のアップルパイを皆でハフハフと食べた後、アルヴィンが話し始める。
「王都から伝令が戻りました」
王太子軍の凱旋は勝利を国内に知らしめるものでもあるので、ゆとりを持った行程となっている。
その旅ももう終盤で、王都までは後二日の距離まで来ていた。
「……父上は?」
フィリップ様の問いかけに、アルヴィンは苦々しく首を振る。
「王妃様は大手を振って宮廷を闊歩しておられます。無論、兄上のギール侯爵も」
「そうか……」
フィリップ様はうち沈んだ様子で呟いた。
講和条約調印の際の両国の王太子暗殺未遂事件は、いかに焦ったにせよ、王妃派の完全な失策だった。
副団長はスロランの辺境伯に取引を持ちかけたが、スロランの辺境伯も馬鹿ではない。
彼があの陰謀に加担したのは、確かな保証があったからだ。
騎士団の副団長は繋ぎ役に過ぎず、スロランの辺境伯の真の取引相手は宰相のギール侯爵だった。そもそも領土割譲なんて騎士団副団長一人で約束出来るはずはないのだ。
宰相からスロランの辺境伯に送った手紙は、それまでいまいち乏しかった王妃派の関与を示す確かな証拠となった。
王太子の暗殺も自国の不利益となる裏取引も死を持ってあがなわねばならない大罪である。
これらの証拠は既に王に届けられている。
フィリップ様が王に求めたのは、王妃の「ご病気による離宮でのご静養」。体の良い無期の幽閉である。
そして宰相には王国法に則り、罷免と処刑。
だが王は両名に対し、未だにそのどちらも命じてはない。
「腐りきってるな」とアルヴィンは辛辣に吐き捨てたが、王都ではこうなのだ。
王妃が目を潤ませて、「そんな……わたくしまったく知りません。信じてくださいませ」と言えば、どんなことでも有耶無耶になった。
陛下が王妃を寵愛していたこともあるが、ギール家が既に第二の王家のような扱いで我が国にとって欠くことの出来ない存在と化しており、その罪を問えば、この国全体が揺らぐと怖れられたのだ。
だが結果としてそれはギール家を調子づかせ更なる悪事に駆り立て、我が国は腐り、枯れ果てる寸前の大木と化した。
フィリップ様が王都に着けば、王とて王妃の幽閉とギール家の取り潰しを決断しなければならない。
我々に同行するのは、スロラン国とロママイ国、それぞれの外交官だ。
今まではなにがあっても国内のことと収められたが、両国の王太子暗殺未遂事件には諸外国が関わってくる。
外国の手前、生半可な処罰は下せない。
だが、もしフィリップ様が王都に着かねば。
王の男児はフィリップ様と第二王子ロバート殿下のみ。
フィリップ様に何事かあった場合、繰り上がって第二王子が王太子となる。
フィリップ様が死ねば、彼の暗殺よりも、次代の王となる第二王子を醜聞から守る方が大事になる。
おそらく王は王妃とギール家の罪を問わない。
我が国の反王妃派は、それを容認するだろう。
「やっぱり腐りきってるな」
とアルヴィンが感想を述べた。
私も同意だ。
「我々の勝利の条件は、フィリップ殿下が王都まで無事に辿り着き、王に謁見すること」
と私が言えば、サーマスがこう呟いた。
「逆にいえば、王妃派の勝利条件はフィリップ殿下を王都までに暗殺することか……」