05.ハムとチーズのサンドイッチ
朝に起きてまず私がするのは、パン作りだ。
昨夜作っておいた生地を常温に戻してから、予熱したオーブンで焼く。
生地の重量の軽い小麦のパンが先に焼き上がり、重量が重いライ麦パンが後から焼き上がる。
カタンと音がしてそちらを見ると、ミルク缶が置かれていた。
乳搾りはブラウニーが朝に済ませてくれる。
「良い匂いだな」
三十分が経過し、そろそろライ麦パンが焼き上がるという頃、黒髪の男がキッチンにやって来た。
「おはようございます、今日は晴れましたね」
空は快晴だ。
「おはよう。朝飯はなんだ?」
「チーズ入りのオムレツにローストチキン、キャロットラペ、それとカボチャのポタージュスープです」
「旨そうだな」
「ありがとうございます。今ご用意致しますので掛けてお待ちを」
晴れたとなれば、すぐに出かけたいだろう。
茶髪の方は馬の様子を見に行っているようだ。
私は手早く朝食を準備した。
大きめの皿にオムレツとローストチキンとキャロットラペを全部盛り付け、スープ皿にカボチャのポタージュスープをよそう。
籠に小麦のパンとライ麦パンの両方をセットすると出来上がりだ。
飲み物は暖かいペパーミントティーを出した。
季節はじきに冬になるが、ペパーミントは一年中つめるハーブだ。重宝している。
「あの……」
「申し訳ありません。作業の続きがありまして」
黒髪男は何か言いたげな様子だったが、朝の私は忙しいのだ。
駆けるようにしてキッチンに戻り、薄く切ったライ麦パンにバターを塗り、ハムとチーズを挟んだサンドイッチを作る。
「何を作っているんだ?」
ハッと顔を上げると黒髪の男がキッチンの入り口から不思議そうに覗き込んでいる。
夢中になっていたので全然気が付かなかった。
「サンドイッチを作っていました」
「サンドイッチ?」
そう言いながら彼はキッチンに入ってくる。
「はい」
「旨そうだな、一個貰っても良いか?」
まだ食うのか。
「これは黒パンですよ」
「君の黒パンは旨い」
黒髪男はサンドイッチを一つ摘まんで頬張った。
「旨いな」
「ありがとうございます」
「しかしたくさん作ってるな」
「山越えする者達が昼食に買っていくんです」
山を越えた向こう側はもう隣国である。隣国と我が国は友好関係にあり、貿易もさかんだ。荷物を運んだり、行商に行く者はこの晩秋でも絶えることはない。
彼らは移動しながら食べられるサンドイッチのような軽食を好む。
それに町からここまで薪やきのこや山菜を拾いに来る子供達がいる。
彼らは摘んだきのこや山菜を私に売ってくれる。その子供達に振る舞う分でもある。
義理堅い彼らはサンドイッチの代わりに農作業を手伝ってくれる。
率直に言って私より子供達の方が畑仕事は上手い。半年間、大いに助けられたものだ。
もっとも冬が近づくにつれてここにやってくる子供達も減った。
キッチンの勝手口のドアが勢いよく開かれる。
「リーディアさん」
入って来たのは、いまだやってくる数少ない子供の一人だ。
「あ……」
見知らぬ黒髪男の姿に、子供は驚いた様子で後ずさる。
「大丈夫だ。この人は客だよ。おはよう、ノア」
「……おはよう、リーディアさん、きのこと、それから鶏小屋の卵を拾ってきたよ」
ノアはおずおずと、卵と森で取ってきたきのこを勝手口の側にあるテーブルに置く。
「ありがとう。餌やりもしてくれたか?」
「したよ」
「どうもありがとう。お礼にゆで卵を上げよう。寒いから中で火に当たって待ってなさい」
「でも……」
ノアは大柄な成人男性である黒髪男が気になるようだ。チラチラと男を伺い、
「……畑を見てくるよ」
と外に飛び出して行ってしまう。
「嫌われたかな」
黒髪男は気落ちした様子で呟く。
「あの子は、母親と妹との三人暮らしなので、大人の男性が苦手なようです」
「そうか。……あの年頃の子供は学校で授業を受けているはずだが……」
この辺りは領主の肝いりで、各町に子供が無料で学べる学校があるのだ。
「学校には時々しか行けてないようですよ」
「何故?学校は無償で学べるはずだ」
「あの子は仕事をしてお金を稼がねばならないですからね」
答えると、黒髪男は肩を落とす。
「そうか……」
生まれも育ちもこの土地だと言ってたから、土地に愛着があるのだろう。子供が当たり前に学校に通えない環境を憂いているようだ。
私は少し気の毒になって彼を慰めた。
「ここは暮らしやすいいい土地ですよ。領主様は領民が山に入るのをお許しですし」
聞いた話では、領民が山に入るのを禁じている土地もあるらしい。
色々な事情があるので、一概に悪いこととは言わないが、少なくともここの領主はいい人だ。
ちなみに鹿以上の大型の獣は許可を得た猟師しか狩れない。野ウサギや一部の鳥などは許可がない一般人も取っていいそうだ。
牛や豚や鶏ももちろん食べるが、それらは飼料を与えるなど肥育に金と手間が掛かる。その点、うさぎや野鳥の肉は、山が与えてくれる幸だ。庶民が口に出来る貴重な肉類だった。
私がそう言うと、
「……そ、そうか……」
黒髪男は騎士らしい堂々としたよく通る声をしているが、その返事は蚊の鳴くような小声だった。いぶかしく思い、振り返ると彼は恥じらっていた。
なんでだ?
気にならない訳ではないが、朝は忙しい。私は自分の作業にいそしんだ。
鍋に火を掛けてゆで卵を作る。
ついでにノアが置いて行った麻袋を覗き込むと、マッシュルームを拾ってきたようだ。
いい香りがする。
これはスープに入れると美味しいのだ。
「さて、主人、世話になった」
と黒髪男が言った。
「ご出立ですか」
「ああ。後金はこれでいいか?」
と彼は金貨一枚を置く。
既に前金で金貨一枚を貰っているので、それでいいかと思っていたのにまさかの追加だ。
「こんなに貰えませんよ」
「旨いものを食わせてくれた礼だ」
黒髪の男はそう言って微笑んだ。
「では」
と彼はスタスタと玄関に向かって行く。
私はあわてて棚から備蓄のクッキーが入った瓶を取り出し、亜麻布に包むと、男を追いかけた。
「せめてこれをお持ち下さい。日持ちするクッキーです」
黒髪男を呼び止め、亜麻布を押し付けた。
塩味とチーズ味の二種類のクッキーだ。甘くないので男性でも食べやすく、酒のつまみとしても楽しめる自慢の一品である。
とはいえ金貨一枚の代わりになるものではもちろんないのだが……。
「いいのか?」
黒髪男は嬉しそうだ。
「はい」
「また来るつもりだ」
「はい、お待ちしております」
「それにしても……」
と言った後、黒髪の男は笑った。
「ここのキッチンは良い匂いがするな。これは何の匂いだ?」
「デミグラスソースの匂いでしょう」
「デミグラス……」
黒髪男は難しい顔で眉をひそめる。
ピンと来ないようだが、そんな真剣に考え込むようなものではない。
「ビーフシチューを作ろうと思ってます」
「ああ、あれか」
ビーフシチューは知っているのか嬉しそうだ。
「あれは好きだ。残念だな、食べたかった」
「まだソースは完成してないんですよ。後二日は掛かります」
「随分と時間が掛かるものだな」
「よく煮込むので五日は掛かります。フォンドボーを作るところから始めるともっとです」
デミグラスソース作りは料理界でも大作なのだ。
「なおさら食べたくなった」
黒髪男は屈託なく笑い、「また来る」と茶髪男と共に去って行った。