05.アルヴィン4
よーし、南部行っちゃうよ!の前に、アルヴィン編です。時系列では13話特製回復軟膏の続きになります。
「アルヴィンと呼んでくれ、リーディア」
アルヴィン、一世一代の告白だったが、その後は締まらなかった。
「あのー、アルヴィン様、もう行かないと」
とデニスが迎えに来て、
「いや……」
今、忙しい。
アルヴィンは抵抗しようとしたが、優秀な元魔法騎士のリーディアが先に反応する。
「そうですね。早く出立しないと日が暮れてしまう」
確かに夜に馬を駆るのは非常に危険だ。騎士なら出来る限り避ける行為だった。
南部がきな臭い。
ゴーラン伯爵アルヴィン・アストラテートが今、怪我など負っては大変なことになる。
アルヴィンは後ろ髪引かれる思いで騎士団に戻った。
すぐに楡の木荘に行きたかったが、春は何かと多忙で、アルヴィンは仕事漬けの毎日を送ることになる。
どこの地方でもそうだろうが、春の祭りは盛大に執り行われる。
町では精一杯のご馳走を用意し、このために仕立てた華やかな衣装を身に纏い、賑やかにダンスを踊り、皆で春の訪れを祝うのだ。
そんな祭りに領主が顔を出すというのは、ことのほか喜ばれる慣わしだった。
アルヴィンは時間が許す限り、町々で催される祭りに足を運んだ。
しかし。
「フースか……」
フースはリーディアの営む宿屋に一番近い町だった。彼女が町の祭りに参加する可能性は高い。
リーディアはまだアルヴィンの正体を知らない。
早く言わなくてはと焦る一方、ただの騎士として気安く接する関係が心地良く、このまま知られたくないと思う。
リーディアがどう出るか読めないこともアルヴィンを躊躇わせる要因の一つだった。
リーディアは、明らかに前職を知られることを怖れている。再び表舞台に立つことも望んでいない。
機動力はかなり高いので、知らない間に行方をくらまされるかも知れない。
そう思うと安易に打ち明けられないアルヴィンだった。
行くか行くまいか。
逡巡するアルヴィンだったが、フースの町だけ祭りの参加を取りやめることはあり得ず、アルヴィンはフースの町に向かった。
祭りの最中、リーディアを見かけることはなかったが、アルヴィンからは分からなくても、リーディアは領主を見たかも知れない。
祭りの数日後、アルヴィンは内心激しく動揺しながら楡の木荘を訪れたが、リーディアは普段通り出迎えてくれた。
おそるおそる尋ねてみても、領主は見ていないという返事だった。
リーディアの料理の腕前は町でも評判で、領主誕生日の献上菓子を作ることになったらしい。
アルヴィンは二十八歳になる。
誕生日を迎えるのはあまり嬉しくない年齢なので例年大した感慨はなく、率直に言って献上品にもそれほどの興味はない。
民に負担がないようにとそちらの方が気掛かりだ。
だが、今年はリーディアが菓子を作ると聞いて嬉しかった。
あくまでリーディアは町から依頼されただけで、贈る相手もアルヴィンではなく、『領主』だが、アルヴィンにとってはリーディアからの贈り物だった。
彼女が作ったのは、マドレーヌとチェリーボンボン。
どちらも初めて食べた。
マドレーヌの方は似たような菓子はゴーランにもあるのだが、貝殻の形と洒落ていて、サックリと軽い歯ごたえ。隠し味のレモンが効いている。好きな味だなと思った。
チェリーボンボンの方は……。
密かにゴーラン領が売り出そうとしてるカカオ豆を使ったものだった。
その価値は黄金と等価というカカオ豆だが、国内では大商会アクアティカスが流通を一手に握っているため、周辺国と比べても高く設定されている。
それでもチョコレートはじわりじわりと貴族階級を中心に人気が高まっている。
ゴーラン領でも最近ダンジョンの地熱を利用して生産が始まったが、まったくノウハウがないため、どう売り出すかが悩みの種だった。
苦肉の策で町々に配った分が、巡り巡ってリーディアの手に渡ったらしい。
見た目はひどい。到底食べ物には見えなかった。
愛するリーディアの勧めでなければ食べなかったかも知れない。
だが思い切って口にしたチェリーボンボンはとてつもなく美味しかった。
甘さとほろ苦さが絶妙なバランスで、キルシュに漬けたチェリーとよく合う。
アルヴィンは「これは売れる」と確信した。
ただ見た目で引く者はいるかも知れない。なるべく多くの者に試食させ理解を得たい。
リーディアは快く追加発注を引き受けてくれた。
前回、告白が中途半端に終わったのは、実に痛切である。アルヴィンはもうちょっと踏み込んだ関係を構築したい。
そこで、「では欲しいものはないか?」と聞いてみた。
「特に欲しい物などない」と言うリーディア相手にアルヴィンはめげずに食い下がってみたものの、彼女は困ったような表情になっていくだけだった。
唐突にされた精霊と牛の間に子供が生まれた話は興味深く、アルヴィンは思わず聞き入ってしまったが、本当に伝えたいことは、ただ一つのこと。
「私は、君が好きなんだ」
どうにか思いを打ち明けると、リーディアは頬を赤らめた。
普段は見せない表情が可愛らしくてアルヴィンの口元がほころぶ。
デニスにはすぐに指摘されたし、事情を打ち明けてない側近からも「なんか最近アルヴィン様、ご機嫌ですね」と言われるくらい様子が違っていたので、リーディアにも想いは薄々気づかれているのかと思いきや、リーディアはアルヴィン同様、恋愛沙汰に疎いらしい。
「かっ、からかわないで下さいよ、アルヴィン様」
リーディアは恥ずかしがって逃げ出そうとするが、アルヴィンは彼女の手を掴んで離さなかった。
アルヴィンはこの上なく楽しい。
リーディアを見ていると心が弾む。
胸の辺りが温かくなって、嬉しさと共に何故か切なくなる。
恋はするものではなく落ちるものというが、「これが恋なんだろう」とアルヴィンは思う。
リーディアを抱き寄せると彼女は驚いたようだが、抵抗はしなかった。
抱き締めるとリーディアの体は想像より小さかった。
女性にしては背が高く、存在感があるので背丈以上に大きく見える。
だが、腕の中の彼女は小さいと感じた。
「リーディア……」
愛しさがこみあげてくる。
リーディアの一人で何でも出来るところが好きだが、同時に強く守ってやりたいと思った。
二人の顔が近づく…………。
だが「あのー」とまたもデニスがやってきて時間切れとなった。
デニスとて二人の邪魔をしたいわけではない。むしろアルヴィンの一番の協力者を自認しているが、今は本当に忙しい。
今日も絶対に朝までに戻るという約束で抜け出してきたので、急いで領都に向かわねばならない。
アルヴィンは渋々帰ることにしたが、次こそはきちんと時間を取って素性を打ち明けようと決意した。
リーディアと生涯を共にしたい。
アルヴィンは次にリーディアと会う時、求婚するつもりだった。
――のだが。