04.戦いを終わらせる者4
中央の侯爵家……ギール家か。
アルヴィンが大盤振る舞いするわけだ。
「ギール家はたんまり富を溜め込んでいる。あれを解体すれば、そのくらいの金は訳なく賄えます」
アルヴィンはとっておきのご馳走を前にした獣のように笑った。
「ギール家が取り潰しになれば、大事になるぞ。国がひっくり返るかも知れない!」
サーマスが叫んだ。
サーマスはさる伯爵家の次男だか三男だかで、騎士団長がフィリップ様を託したことで分かる様に反王妃派に属している。
そんなバリバリの反対派であるサーマスが思わずそう発言するくらい、ギール家は政治経済共にがっちり国家の骨組みに入り込んでいる。
ギール家がなくなれば、我が国の混乱は免れないのだ。
だがアルヴィンはサーマスの言葉にまったく動じなかった。
「中央に何ら痛みなく、この戦いは終わらんよ。宰相であるギール侯爵には南部を混乱させた責任がある。更に陣内で王太子殿下がこともあろうに味方から襲撃を受けたのだ。そやつらと指示した者を反逆罪に問うのは、貴卿らの仕事だろう」
「ぐっ……」
とサーマスは呻いた。
アルヴィンの言葉は正論。だが、一介の騎士ごときに手出し出来る領域ではない。
それは騎士団長とて同様で、結果的にセントラル騎士団は常にギール家の横暴を許してきた。
王太子殿下の暗殺を企てることは、我が国では本人は元より、一族の処刑も免れぬ大罪だ。
それに隣国の王女の血を引くフィリップ様が不審死すれば、隣国も黙ってはいない。
南の国スロランとの紛争などとは比較にならない事態となる。
こんな簡単なことが何故王妃派には分からないのか?
「このままギール家がのさばれば、この国の正道が途絶える。膿は出し切らねばならない」
ギール家が取り潰されては大事だが、このままギール家が支配し続けるのもまた、この国を危うくする。
「奴らはやり過ぎた。私もギール家に恨みがあるのですよ。彼らは私の父母の敵でして」
アルヴィンの口調は淡々としたものだ。
それが私はかえって恐ろしいと感じる。
彼は息をするように、復讐を忘れていない。
アルヴィンは海のように深く青い瞳で、フィリップ様を見つめた。
「あなたもそうでしょう、殿下」
「えっ?」
「キャサリン妃はあなたの母上の敵であなたの敵だ」
「…………っ」
フィリップ様は息を呑んだ。
元々国王は今の王妃、キャサリン妃と学生時代から恋仲だった。
当時のキャサリン妃は侯爵家令嬢。
身分も釣り合い、婚約こそまだだったが、二人は結婚するものと誰もが思っていた。
しかし南の隣国スロランの王子と東の隣国ロママイの王女の間で結婚の噂が出て、状況は一変した。
一国なら対処出来るが、南と東の国が同盟を組み二国で攻め込まれたら、我が国は負ける。
我が国は両国の縁談がまとまる前にロママイ国に王女と自国の王太子との結婚を打診した。
こうしてロママイの王女と我が国の王太子は結ばれた。
完全な政略結婚だったが、当時の王太子――今の国王は、それなりにロママイの王女エヴァンジェリスティ妃を大切にしていた。
夫婦仲も良く、ご結婚から二年後にはフィリップ様も生まれたが、出産後、元からお体が強くなかったエヴァンジェリスティ妃は次第に体調を崩されるようになる。
その隙を突くようにして、まだ未婚だったキャサリン嬢が王に近づいた。
焼けぼっくいに火が付いて、二人はたちまち恋仲になる。
エヴァンジェリスティ妃はフィリップ様が一歳のお誕生日を迎える前に儚くなられ、キャサリン嬢のお腹には国王の子が宿っていた。
ちょうどその頃、賢王と名高い前国王が亡くなり、王を諫められる者が居なかったのも悪かった。
その後は揉めに揉めた。
どうにもギール家に都合良く物事が回りすぎている。
エヴァンジェリスティ妃は本当に病死だったのか、当時から疑いの声があったという。
エヴァンジェリスティ妃をギール家が直接手にかけたかは推測の域を出ないが、夫の恋人というキャサリン嬢の存在は弱り果てたエヴァンジェリスティ妃の心労の一つだったことは間違いない。
ロママイの王も王太子も、娘を妹を愛していた。
一時は戦争という言葉も飛び交う事態だったが、まだ一歳のフィリップ様の立太子の儀を執り行い、フィリップ様の将来を約束することと引き換えに、キャサリン嬢と国王との再婚も認められた。
本来ならばキャサリン嬢は王の愛人に過ぎず、生まれてくる子供も王の私生児となるはずだった。
しかしキャサリン嬢は王妃に、その子供は第二王子、王位継承権のある王の子になった。
兄のギール侯爵は宰相となり、一家は大きな権力を持つことになる。
だが強欲な彼らはそれでは飽き足らなかった。
かつて隣国と交わしたフィリップ様を次期国王にするという約束を反故にして、次代の王の地位を手にしようと謀略を巡らせている。
フィリップ様は覚悟を決めたように顔を上げて、アルヴィンを見つめる。
「……伯爵の言う通りだ。キャサリン妃は私の母の敵であり、私の命を狙う者だ。彼らはやり過ぎた。私は次期国王として、ギール侯爵並びにキャサリン妃を断罪する」
アルヴィンはニヤリと微笑んだ。
「結構。このゴーラン領主アルヴィン・アストラテート、殿下にお力をお貸ししましょう」
***
その後は二人の体力も限界で、すぐに解散になった。
フィリップ様は大変眠そうだったが、ここ数日風呂に入っていないのが気持ち悪いらしく、寝る前に風呂に入りたいとおっしゃる。
「サーマスはどうする?お前も風呂に入るか?」
サーマスにそう尋ねると、彼はげっそりした顔で、首を横に振る。
「先に休ませてくれ。丸二日馬を走らせてもうクタクタだ」
というので、フィリップ様は風呂に、サーマスは寝室に案内する。
「リーディア、すまん。恩に着る」
と言うと、サーマスはそのままベッドにばったり倒れ、気絶するように眠った。
「こちらです」
風呂から上がったフィリップ様を寝室に案内する。
本来なら部屋はサーマスと一緒の方が良いが、サーマスは「ガー」とか「ゴー」とか貴族青年らしからぬ盛大ないびきをたてて眠っていたので、別室に分けた。
「今夜はゆっくりお休み下さい」
「うん、ありがとう、リーディア」
フィリップ様は早速ベッドに潜り込んだが、ベッドの中から私に話しかけてくる。
「疲れているんだけど、何だか興奮して眠れないよ。リーディアに会えたし、伯爵に会った。彼が従軍してくれるなんて思ってもみなかった。これで戦争を終わらせることが出来るね」
「そうですね。それにしてもヨアヒムはとても立派になりましたね」
そう言うと、フィリップ様ははにかむように微笑んだ。
「本当かい? リーディアは変わりないね。伯爵はちょっと怖い気がしたが、彼は正しいことを言っている。それは私も分かっている」
話しているうちに眠くなってきたらしい。
呂律が怪しくなり、まぶたが閉じて、
「リーディア、おやすみ、寝る……ね」
と眠り込んでしまった。
「はい、お休みなさい」
フィリップ様が眠りについたのを確認した後、ドアを閉める。
「リーディア」
そこにはアルヴィンが立っていた。
「アルヴィン……」






