04.キドニーパイとケールとソーセージの煮込み
「腎臓のパイです」
と答えると黒髪の男は「あれか」と顔をしかめた。
動物の内臓を使った臓物料理は、もっぱら庶民の食べ物で、上流階級は食べない。
「お嫌いですか?」
「匂いがなぁ」
「ではベーコンと黒キャベツのパスタをお作りしましょう」
黒キャベツは葉キャベツの一種でこれから冬にかけてが旬なのだ。寒い時期には貴重な野菜である。
煮込むと旨い野菜だが、柔らかな新芽は炒めても美味である。
「すまないがそちらで頼む」
「はい」
「私は腎臓のパイが良いな。手間を掛けて悪いが、好物なんだ」
というのは、黒髪の男じゃない方。茶色の髪の騎士だ。
「もちろんですよ。うちの自慢のパイです。どうぞご賞味あれ。お後はケールとソーセージの煮込みですが、お二人ともよろしいですか?」
ケールもまた冬の野菜だ。栄養たっぷりな上、ソーセージが大きいので食べ応えがある。
そちらは問題ないとのことで、私は料理を始めた。
先に二人に前菜を出す。
チーズ、ハム、豚の肝臓のペースト、ナッツのペースト、ザワークラウト、オリーブのオイル漬けの盛り合わせにパンを添えた定番の前菜だ。
二人とも酒は口にしないというので、食前酒代わりに林檎ジュースを出した。
薄切りしたライ麦パンを前に黒髪男は一瞬、眉をひそめた。
ライ麦のパンは黒パンとも呼ばれ、独特の酸っぱい匂いがする。上流階級はこの匂いが苦手なのだ。
だが、黒髪男よ。黙って食え。食ってみよ。
我が家のライ麦パンはひと味違う。
「やあ、これは旨そうだ」
と茶髪男はモリモリ前菜を食べ始め、それに釣られるようにして黒髪男もライ麦パンに手を伸ばす。
一口食むと、黒髪男は瞠目した。
「これは旨いな」
男はわざわざ声を張り上げ、キッチンの私に話しかけてきた。
「一度蒸してから軽くトーストしてます。その方が酸味が目立ちませんので」
実を言うと一応貴族階級の端っこに位置した私は黒パンが苦手なのだ。
小麦に比べて安いライ麦を何とか美味しく食べようと試行錯誤して辿り着いた食べ方である。
「黒パンは苦手なんだが、これは旨い」
黒髪男はチーズとハムを乗せたパンを頬張った。
私はにやけそうになるのを堪えながら、済まし顔で答えた。
「お口に合ってよかったです」
腎臓のパイはその名の通り、豚や牛の腎臓、タマネギなどの野菜、さいの目にした牛肉を加えて煮込み、パイ生地に包んでオーブンで焼き上げる。
パスタの方はニンニクと厚切りにしたベーコンと畑で取れた黒キャベツを炒め、パスタに載せて出来上がりだ。
「はい、お熱いうちにどうぞ」
茶髪男にマッシュポテトを添えたパイを、黒髪男にパスタを出す。
「ああ、旨い。全然臭みがないな」
茶髪男はパイが気に入ったようで、四角いパイ皿から取り出した一切れをすぐに食べ尽くすと、もう一切れ、皿によそう。
黒髪男はその様子をじっと見て言った。
「私も食べてみたい」
「これは旨いですよ、アルヴィン様。絶品です」
茶髪男は熱く賞賛して、小皿にパイを一切れ乗せて、黒髪男に渡した。
アルヴィンと呼ばれた黒髪男は慎重に匂いを嗅いだ後、目を瞑ってパイを口にした。
「……旨いな」
「でしょう。この店が近くにあれば絶対に通います!」
茶髪男が何故か得意気に言った。
そこまで喜んで貰えるとこちらも嬉しい限りである。
「主人、旨いな。私は動物の内臓は苦手なんだがこれは旨い」
黒髪男は興奮した様子で褒めちぎった。
「ありがとうございます。手間を掛けて下ごしらえをした甲斐がありました」
腎臓は臭みを取るために丹念に洗った後、一晩塩水に漬ける。
下処理の後、自家製のフォンドボーと野菜、香草と共に煮込んだものだ。旨くないはずはない。
次にケールとソーセージの煮込みを出して、さらに二人ともおかわりをしたが、まだ食べ足りない様子だ。
「もう少し召し上がりますか?」
そう尋ねると、二人は頷いた。
「ああ、頼む」
私はサラミのピザと羊のグリルを作ることに決めた。
材料は小麦粉にヨーグルト、塩と砂糖、それとオリーブオイルを少々。薄くのばしたピザの生地にピザソースを塗り、具はサラミとチーズ、ドライトマトを戻したものだ。
これをオーブンに入れて焼く。
羊のグリルはもう一品欲しい時のストック品だ。
ローズマリー、クローブ、オレガノ、ニンニクなどの香草に漬けておいた骨付きの羊肉を暖炉でじっくり炙り焼きにする。
暖炉では薪がパキパキと小さな音を立てて爆ぜる。
ピザと羊肉が焼ける間に、私も火の加減を見つつ、キッチンのテーブルで腎臓パイとケールとソーセージの煮込みを食べた。
どちらも良い出来だった。
サラミピザと羊のグリル、デザートに焼き林檎とカモミールティーを出すとさすがの彼らも満足した様子だ。
「こんなところでこんな旨いものを食べられるとは思わなかった。だが、ここより町中で商売した方が流行るんじゃないか?」
腹をさすりながら黒髪男が言い、茶髪男も同意するように頷く。
今日は雨ということもあるが、客は彼らだけだ。
本来なら商売あがったりというところだろう。
「実は最初は宿屋をやる気はなかったんです」
私は肩をすくめて理由を話した。
我が家の前には国境に通じる街道が通っている。
国の境は大抵山や谷、川、海などで区切られている。ここも例にも漏れず、我が家から少し進むと、山岳地帯に入る。
そこまで高い山ではなく、道は隣国に続く主要な街道なのできちんと整備されているが、山道は山道、馬も御者も山を越えた後は、一息つきたい。
山近くなのでふいに天気が変わり、雨に降られることもある。
そんな場所に我が家はあり、「少し休ませて貰えるか」とか「雨宿りしたい」とやってくる者は引きも切らない。
私だって鬼ではないので、馬に快く水をやり、人も中に招き入れて休憩を取ってもらう。
私はこの家に来てからこっち趣味の料理三昧だ。
特に時間が掛かる煮込み料理を好んで作っている。
すると大抵の者が、「旨そうな匂いがしますな」と言うのだ。
一応社交辞令として、
「家庭料理ですが、召し上がりますか?」
と尋ねる。
なんと大方の人間が、「いいんですか?」と食事を所望する。
最初は無料で食事を振る舞ったり、泊めたりしていたが、これはまともに商売をしている町の宿屋に良くないと考え直した。
今は食事も宿も相場の金額を徴収している。
無論、軒先を借りるだけという者からは料金は取らない。
馬小屋の端に藁を積んだだけだが、ベッド代わりに眠れるスペースもあるので、野宿よりはマシなはずだ。
「……そうか」
そう話すと、黒髪男も茶髪男も感心した様子だ。
「道楽でやっているものですから、お客がたくさん来ても捌ききれません。これでいいんですよ」
「そうだな。ここにこういう店があるのはありがたい」
と黒髪男が言った。
二人に風呂を勧め、その間に「よろしければ洗濯を」と申し出る。
「乾燥室がありますから朝までには乾きます」
「ああ、それはありがたい」
警戒はほぐれたのか、彼らはあっさりと汚れ物を渡してきた。
洗濯に取りかかろうと洗濯室に行くと、先程とは違うブラウニーが待ち構えていた。
青い肌、青い髪と青い瞳の小さなブラウニーで、仕草も声も子供のようだ。
「洗濯したら、スコーンをくれる?」
「ああ、もちろんだ。クリームをつけるから、しっかり洗っておくれ」
洗濯をブラウニーに任せ、私は明日の分のパンの下ごしらえに取りかかる。
黒髪男はライ麦パンが苦手らしい。知らないなら気にしないが、聞いてしまったので、明日はライ麦パンと白パンの両方を用意しよう。
まずは白パンから。
小麦粉に砂糖と塩、林檎で作った酵母を少し、それとバターと水をこね合わせて生地を作る。
ライ麦パンの方は、酵母ではなく、予めライ麦に水などを入れて発酵させた中種を使う。
中種にライ麦、蜂蜜に塩、そして酸っぱさを和らげるため、クランベリーとレーズンをたっぷり入れて混ぜ合わせる。
どちらも少し発酵させてから、冷暗所に置き一晩眠らせる。
私も風呂に入って休むことにしよう。