08.ダンジョンに行ってみよう6
「レファさんはうちの下宿人になったんですよ」
と私はアルヴィンに説明した。
「下宿人? なんで?」
「彼女の馬のルビーがうちのオリビアと仲が良いので、そのご縁ですね」
今度はレファが問いかける。
「あのう、団長とリーディアさんはどういうご関係で?」
「ええと……」
どう説明して良いやら。思い惑う私にアルヴィンが胸を張って答えた。
「リーディアは私の恋人だ」
いいのか?バラして。
「恋人なんですか」
レファはショックを受けたようだ。
確かにアルヴィンはゴーラン領のトップにして騎士団の長でもある。そんな大人物が、ひなびた宿屋の主人と関係していると思うと……。
「私は私らしく生きるために、リーディアさんと二人、ここで楽しく生きていこうと思っていたのですが、お邪魔でしたか……」
と、レファはそっちではない方を気に病んでいた。
「邪魔でないですし、それは楽しそうだなと思います」
「本当に邪魔ではないですか?」
「もちろんです。ノアやミレイ、キャシーやオリビア、ルビー、皆で暮らしていきましょう」
「リーディアさん……」
上手くまとまりそうだったのに、アルヴィンが口を挟んでくる。
「リーディア、どういうことだ? ローリエはこう見えて女性だぞ」
「もちろん知ってますよ。それより夕食はどうします? 今日は魔豚のパイ包み焼きですよ」
「魔豚か? それは旨そうだな。もちろん食べて泊まっていく。後できっちり話を聞かせてくれ」
***
夕食が終わり、諸々の片付けの後、アルヴィンと私は共に私の私室に向かった。ここなら話が漏れることもない。
部屋に入るないなや、アルヴィンは、
「聞かせて貰おう」
と言った。
私がレファと共にきのこダンジョンに行ったことを話すと、アルヴィンはため息をついた。
「『見た』のか?」
「見ました。彼女、ライカンスロープなんですね」
「ああ、うちのひいひいじいさんの代に流れ着いてそれからゴーランで暮らしている一族だ。あの力を差し置いても、レファ自身も良い騎士だ」
とアルヴィンはレファを褒めた。
ライカンスロープはかつて我々魔法使いが弾圧される切っ掛けとなった存在だ。
ライカンスロープは、いや魔法使いは、強い感情が心の獣を呼び起こし変化すると言われているが、それは正義の感情だけではなく、負の感情でも獣化は引き起こされる。
かつて負の感情から獣となった魔法使いが、多くの人を殺めた陰惨な事件があったそうだ。それから魔法使いの弾圧が始まった。
魔法使いは殺されたり、奴隷としてひどい労働に従事させられ、その数は大幅に減少した。
だがそうして魔法使いが減ると今度はダンジョンから多くの魔物があふれ出した。
人々は魔物におびえ暮らしていたが、ある時一人の若者が仲間と共に当時一番大きく一番強い魔物がいたダンジョンに向かい、ダンジョンを消滅させた。
そのダンジョンを消滅させた若者というのが、魔法剣士だった勇者アルヴィンだ。
それ故、アルヴィンは私に尋ねた。
「レファ・ローリエが怖くはないのか?」
「まったく怖くないとは言えませんが、結局のところ、心に住むという獣を『精霊』にするのか、『魔物』にするのかは私達一人一人の心がけ次第なのではないでしょうか。だからなおのこと、彼ら獣化の魔法使いライカンスロープは勇気の化身なのだと思います」
レファは己の心の弱さに打ち勝っている。
「そうだな、俺もそう思う」
アルヴィンは力強く頷いた。
「……………………」
アルヴィンは私の私室を見回し、急に決まり悪げな表情になった。
はて? と思って私も自室を見回したが、ベッドがあり、書き物をするための机があり、本棚があり、クローゼットがある。
ごく普通の部屋であろうと思う。
椅子は一つしかないので、アルヴィンに椅子を譲り、私はベッドの上に腰掛けていた。
「なんですか?」
「いや、母の部屋以外の女性の私室に入った経験があまりなくて、緊張している」
さっきはこの人、結構強引に私の部屋に入り込んだんだが、今は借りてきた猫みたいになっている。
「付き合った女性はいらっしゃらなかったんですか?」
「恥ずかしながら部屋に招かれるような関係になれたのは君だけだ」
「そうですか」
辺境伯はもっと華やかなイメージがあったが、意外とそうでもないな。
まあ人のことは言えないが。
ともかく無事に誤解(?)が解けたので、酒でも飲もうということになった。
「何がよろしいですか?」
我が家は宿屋である。
高級酒はないが、一通りの酒は置いてあるのだ。
「ビールは?」
「ありますよ」
答えながら、少々意外に思う。
ビール、蜂蜜酒、林檎酒辺りは庶民の酒と言われ、貴族はワインなんかを好む。
私はどっちも好きだが。
「夏はビールが飲みたくなるんだ」
庶民派の領主様である。
「おつまみは何が? リクエストがあれば作りますよ」
「君は何を食べるつもりだ?」
そう問われて私は「うーん」と考える。
夕食のメインデッシュは肉だったからあっさり系がいいな。
「きのこのマスタードマリネと野菜スティックとチーズ」
「私も同じで」
「軽いものですがいいんですか?」
「さっき旨い魔豚肉を食わせて貰ったからな」
「あ、やっぱり」
アルヴィンと私は同世代である。肉は好きだが、食べ過ぎると胃もたれする。
キッチンに降りようと立ち上がると、アルヴィンが「手伝う」と付いてきた。
「いいんですか?」
宿には今日も客がいる。見つかったら大変じゃないか。
「誰か来たらすぐに隠れるから大丈夫だ」
なるほど。
私がキッチンで調理する間、アルヴィンには畑に行ってラデッシュとトマトを収穫するよう頼んだ。
「ラデッシュ?」
「あのアルヴィンが好きな丸くて赤いダイコンです」
「ああ、あれか」
人参にラデッシュにトマト。自慢の野菜を切ったものと、チーズの盛り合わせ。
昨日作ったきのこのマリネは四、五日保存が利く。当日食べるより二日目か三日目の方が味がしみて美味しいのでたくさん作っておいたのだ。
きのこのマスタードマリネは、そのきのこのマリネにマスタードを絡めたものである。結構好みが分かれる味なので宿のメニューでは出さないが、私は好きだ。
夜なのにブラウニー達がわらわらと出てきて収穫した野菜を洗い始めた。
基本的に切って盛るだけのメニューなので、すぐに調理は済み、ブラウニー達の分はいつもの皿に載せ、アルヴィンは「少しならよかろう」とその隣にビールを注いだ杯を置いた。
我々は自分達のつまみと酒を持って部屋に戻る。
つまみと酒をテーブルに並べると、アルヴィンはきのこのマスタードマリネからいった。
「……マスタードが効いていて旨いな」
好評らしい。
他愛もない話をしながらの酒宴は続き、最後に一本、皿には人参のスティックが残った。
「アルヴィン、どうぞ」
と私は彼に譲ったのだが、
「ではこうしよう」
アルヴィンは人参のスティックを手に取り、パキンと半分に割った。
「これで二人とも食べられる」
「そうですね」
貰った人参を食みながら、私は考えた。
付き合って四ヶ月。
私の計画ではそろそろ破局している予定なのに、我々はまだ付き合っている。
もし。
もし、私がまだ魔法騎士だったら、アルヴィンの役に立てただろう。国内最強とたたえられた魔力はこのゴーランの益になったはずだ。
そうしたらもう少し惨めな気分にならず、アルヴィンとの未来を考えられたかもしれない。
けれど今の私は何もない。
失ったものに対する未練が私の胸をざわつかせる。
しかしそもそも引退しないとゴーランに来ることもなかった。アルヴィンに会うこともなかった。
そう考えると人生というものは不思議だ。
見上げるとアルヴィンと目が合う。
「なんだ?」
「……何でもないです」
多分、もう少しで彼との付き合いも終わる。
でも人参美味しいから、とりあえず今はそれでいいや。
そう思いなから、私は最後の一切れを飲み込んだ。
***
こうしてレファは我が家で暮らし始めた。
私達もオリビアもルビーも幸せ、なのだが、一匹だけそうではないものがいた。
アルヴィンの愛馬、フォーセットである。
額に白い星が浮かぶ黒馬で、力が強く足が速い。非常に優秀な軍馬である。
そのフォーセットは出会ってからずっとオリビアに求愛している。繁殖に牝馬を宛がわれても拒否するというのだから筋金入りである。しかし当のオリビアは一向になびく気配がない。
オリビアとルビーが仲良さげに毛繕いしあう姿を見て、フォーセットはショックを受けた。
「ぶるるっ」と不満げに鳴いてアルヴィンに訴えかける。
「フォーセット、すまないが、俺にはどうすることも出来んよ」
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬという。
領主とて介入出来ない領域があるのだ。
つよつよケモノ女子、レファ登場です。
だんだん役者が揃ってきました。次回は閑話で、その次が『王都からの客人』です。あらすじに書いた『あの人達』が出てきます!