05.ダンジョンに行ってみよう3
レファはごく一般的な庶民の服装で、剣は差していなかった。
そういう恰好だと彼女は細身の美青年にしか見えない。
否、彼女はわざと自分をそう見せていた。
男達の目に我々一行は子供連れの夫婦と映っただろう。
レファは落ち着いた様子で、彼らに問いかけた。
「近頃この辺りで出没するという物取りというのはお前達か?」
「だったらどうなんだよ、兄ちゃん!」
「分かってるなら、金目のものをよこしな」
「言うことを聞かねえと、怪我することになるぜ」
わざわざ犯行を認めるような台詞を吐きながら、男達は切れ味が鋭くなさそうな剣を見せびらかす。
「どうやらお前達で間違いないようだな」
レファはそう言うと、男らを見据えながら、私とノアにそっと囁いた。
「私がすぐに制圧します。その場でじっとしていて下さい」
私はようやく合点がいった。
レファの『目的』はこいつらか。
男一人のレファよりはノアと私を連れて親子を装った方が、標的が引っかかる可能性は高い。
「お前達を捕縛する。覚悟はいいか?」
宣誓と共にレファが構えたのは、山歩きに使うステッキだ。要するに木の棒である。
男達はなまくらだが剣や斧などれっきとした武器を持っている。人数も男達は八人、対するはレファ一人。
レファの様子に、男達は勝ちを確信したらしく、薄笑いを浮かべた。
「大人しく金を出さないあんたが悪いんだぜ」
乱闘が始まった。
「ノア、身を低くしてじっとしているんだ」
「うん、分かった、リーディアさん」
私とノアはレファの指示通り、その場で大人しくしていた。
女子供は人身売買しやすいので、こういった場合、抵抗したり逃げようとしなければ、すぐに殺されることはない。
だが念のためにと私はそっと荷物を引き寄せ、中からあるものを取り出した。
剣やナイフではない。そういうものは、かえってこちらを危険に晒す。
無力を装っていた方が向こうも油断するのだ。
効果は分からないが、目潰しくらいにはなるだろう。
そう思いながら、私は『それ』を握りしめる。
実際、顔からはなるべく離しているのにちょっと目が痛い。
「兄ちゃん、腕の一本くらいは覚悟しなっ!」
男の一人が威勢の良いことを言ってレファに斬りかかる。
レファは男をさっと躱し、がら空きの胴に木の棒を叩き込んだ。
「ぐぁっ」
男は犬の後ろ足の形に体を折り曲げ、そのまま地面にのめり込んだ。
男達はレファの俊敏な棒捌きに息を呑んだが、一人欠けてもまだ七人いる。多勢であることに奢ったようで、
「野郎!」
レファに襲い掛かる。
その後もレファはバッサバッサと敵を切り捨て、彼女の勝利は目前だ。
私とノアの背後に突然魔豚が現れたのは、その時だった。
「ぶもっ――っ」
好戦的という魔豚は乱闘に憤ったのか、ものすごい勢いでこっちに突っ込んでくる。
「リーディアさん! ノア!」
レファはこちらに駆けてこようとするが、間に合う距離ではない。
私はとっさに手にしていた『アレ』を魔豚に投げ付けた。
そう、レファが「勿体ないから食べます」というのを「死ぬから止めろ」と取り上げたあの料理である。
少し怯めばいいと思ったが、私にとっては運良く、魔豚にとっては非常に運が悪く、魔豚はなんの弾みか、
「ぶももっ」
と投げ付けられた料理を飲み込んでしまった。
そして「ぶもももももっっっっっつつ!」と魔豚は大きく叫んだ後、泡を吹いて倒れた。
「リーディアさん! ノア! 無事ですか?」
レファがあわてて戻って来た。
悪漢達はどうなったかなと振り返ると、彼らは呆然としていた。レファにたたき付けられ這いつくばっているか、そうでない奴は魔豚を見て戦意消失しており、逃げ出す様子もない。
「無事です。あの料理に助けられました」
「良かった」
とレファは喜んだ後、
「魔豚は卵嫌いだったんですかね?」
と首をかしげた。
アレ、卵だったんだ。
一応、「違うと思いますよ」と軽く訂正しておいた。
***
八名を縄で捕縛し、その日はその場でテントを張って一晩過ごすことになった。
山賊はテントなしだが、夏なので一晩くらいなら凍えはしまい。
私とノアは手分けして、きのこを料理した。
メニューはベーコンときのこのソテー、そしてきのこと野菜のヨーグルトクリームスープ。
鍋に小さめに切った玉葱、人参、ジャガイモ、ズッキーニ、きのこを入れて炒め、そこに小麦粉、バター、白ワイン、水、塩、胡椒を加え十分程煮込む。最後にヨーグルトを入れて沸騰しないように注意しながら一煮立ち。これできのこのヨーグルトスープの完成だ。
ヨーグルトは牛乳より少しだけ腐りにくいため、携帯にはこちらの方が向いている。ヨーグルトで作ったクリームスープはやや酸味があるが、爽やかでなかなか美味である。冷やして飲むのもいいが、山中は少し冷えるので、暖かいスープにした。
ソテーとスープと炙ったチーズを載せたパンが今夜の夕食だ。
お腹がすいたのでどれもとても美味しく感じる。
食事をしながら、レファは「すみません、お二人を山賊をおびき出す囮にしました」と白状した。
近頃きのこダンジョン周辺では山賊が出没し、近隣の村人達は困っていたそうだ。
当然彼らは騎士団に陳情したが、最近騎士団は忙しく、被害も金品を奪われる程度。
山中に隠れ住む山賊を一網打尽にするには、大規模な山狩りが必要となる。他に急を要する仕事が山ほどあるため、騎士団としては動けずにいた。
それでもレファは村人のため何とかしたいと、暇があれば冒険者ギルドできのこダンジョンに向かう依頼者を探していた。
そこに私とノアがやってきたというわけだ。
「危険な目に遭わせるつもりはなかったんですが……」
と反省していたが、レファが着いてこなければ、私だけで山賊に対処せねばならないところだった。
「構いませんよ。むしろレファさんがいてくれて良かったです」
と答えておいた。
「無事に魔豚も捕らえられましたしね」
「レファさん、格好良かったよ」
ノアは身近で見た騎士の勇姿を無邪気に喜んでいた。
我々三人が食べ終わった後、八人にも食事を与えた。
「さっきの毒じゃないだろうな」
と八人は警戒した。まあ、当然だと思う。
気絶した魔豚はその後、倒させて貰った。なんか怖いのでよく洗ってから食べようと思う。
「あれとは違う。まあ、食べろ」
悪漢らもお腹が空いていたのだろう。
おそるおそるスープを一口すすった後、夢中で食べ出した。
どんな時も、美味しい物を食べると少し気分が良くなる。炙ったチーズを乗せたパンを頬張る男達の表情は綻んでいた。
その様子を見ながら、私は彼らに問いかけた。
「お前達、人を殺めたことはないな」
太刀筋を見ると何となく、人を殺した者かどうか、分かる。
男達はおずおずと頷いた。
「ああ」
「じゃあ、まだ引き返せる。罪を償え」
「……何も知らないくせに。俺達は金が必要なんだ」
男達のリーダーなのか、一人の男が、低い声で唸る。
南部訛り。
この土地の者ではないな。
「知ったところで私は同じことを言うだろう。ここにまっとうに住んでいる者に迷惑掛けるな。幸いゴーランは景気が良い。罪を償って人生を立て直すといい。労役は楽ではないが、給料も支払われる。その後もそのまま勤められ、前借りも可能。家族を呼び寄せることも、仕送りを送ることも出来る」
かつての職業柄、犯罪に関してはまず最初に調べた。地方によって思いがけないことが禁止されており、知らぬうちに犯罪を犯してしまうことがある。
ゴーラン領は殺人などの重犯罪には厳しいが、軽犯罪には手厚い社会復帰のフォローがある。
男達は大きく目を開き、色めき立つ。
「し、仕送りが出来るのか?」
「働けるのか?」
「かっ、家族と暮らせるのか?」
「山賊よりは稼げるぞ。ゴーラン騎士団は強いからここじゃあ山賊は儲からない」
私は真面目に言ったのだが、男達はどっと笑った。
「違いねぇ」
「あの兄ちゃんも滅法いい腕前だしな」
「割に合わねぇや」
男達の食事の世話を終えて、レファとノアの側に戻ると、レファはしみじみ言った。
「リーディアさんの説得は彼らの心にしみたようですね」
「どうですかねぇ」
「いえ、彼らはリーディアさんから、将来に対する希望を貰ったと思います」
レファは真っ直ぐ私を見つめる。
「……リーディアさん、宿屋の前にはどんなお仕事を?」
問われた私は一瞬躊躇ってから、答えた。
「……あなたと同じく騎士でした。セントラルの、ですが」
レファは少し目を瞬かせ、
「そうでしたか」
と静かに呟いた。
その後はしばらく沈黙が落ち、
「レファさん」
「リーディアさん」
私達が同時に相手の名を呼んだその時。
「ぶもー」
と魔物の雄叫びが夜のとばりを切り裂く。
またも魔豚が現れた。
「魔豚!」
「何故?」
魔豚は好戦的だが、ダンジョンの奥から滅多に出てこない魔物だという。
なのに、三頭もの魔豚が地響きを立てこちらに突っ込んでくる。