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04.ダンジョンに行ってみよう2

 我が家から見て南西の方角に向かって半日ほど馬を駆けさせると、きのこダンジョンがある山に着く。

 山に入る前に昼食を取ることにした。


 適当な原っぱに腰掛け、私はバッグから昼食のサンドイッチを取り出し、まずノアに渡す。

「はい、ノア」

「ありがとう、リーディアさん」

 次にレファに渡した。

「はい、レファさんも」


 レファは瞠目した。

「よろしいのですか?」

「はい。ただのサンドイッチですが、よろしければどうぞ」


「ありがとうございます」

 レファは秀麗に整った顔をほころばせる。

「私も昼食を作ってきたんです。とはいっても朝の残り物を詰めただけなんですが。よろしければどうぞ、召し上がって下さい」

「それはどうもありがとうございます」


 私はありがたく、レファの昼食を摘まませて貰うことにした。

 だが。

 レファの差し出してきたバスケットの中を見て、凍り付いた。

 ……なんだこれ。


 全体的に焦げていて黒い。チョコレートより黒い。材料が何だったのか、どんな名前の料理なのか推測することも不可能だ。

 腐っている系ではないが、謎の異臭がする。

 香辛料の匂いのような苦い葉の匂いような、これは吸い込んだら駄目な気がする。


「……失礼します」

 私は息を止め、物体の中でも比較的安全そうな粗く切ったトマトと思しきものを選んだ。

 湯むきしてあり、油と調味料らしきもので和えている。

 思い切って食べてみたが……。


「ごふっ」


 予想以上にマズかった。


「どうでしょうか?」

 期待に満ちた目で見つめられ、私は正直に答えた。

「言い辛いのですが、とても美味しくないです」

 これは死人が出る前にきちんと現実を知らせておいた方が良い。誤魔化してはいけないレベルの味だ。

 騎士として多少の毒に体を慣らしている私だからこそ耐えられた。


 レファは分かっていたのか、案外冷静に、だが非常に悲しげに呟いた。

「やはりそうですか……。実は私、春からフースの町に赴任して、一人暮らしを始めたんです。それまでずっと騎士団の寮住まいだったので、新生活に少々浮かれて、自炊もしてみたんです。ところが私が作った料理は食べられるんですが、美味しくないなと自分でも思っておりました」

「はあ」

 これを『食べられる』と表現するレファの胃腸は信じられないくらい丈夫だ。


「私は料理が上手くないのですね」

「残念ですが、その通りです」

「ありがとうございます。専門家にはっきりそう言ってもらって良かったです。とても、残念ですが……」

 レファはサンドイッチをかじりながら、口惜しげに言った。


「それにしても私はリーディアさんが羨ましい。こんな美味しいサンドイッチが作れるなんて。食は人を笑顔にします。私もそういう人間になりたかったのですが、騎士としてしか生きられない出来損ないです」

 レファは自嘲する。


「……っ」

 私はそれを聞いて何事か言い返したかった。

 私だって騎士業しか知らぬ『出来損ない』だった。

 だが、魔法騎士リーディア・ヴェネスカであることは私の全てだった。

 レファに私をうらやむことなどあろうか?

 彼女は私が失った全てを持っているというのに。


 しかしレファの顔に浮かんだ表情を見て、私は何も言い返すことが出来なかった。

 それは深い悔恨と愁いに満ちたものだった。





 ***


 気まずい雰囲気になったが、料理は偉大である。腹が膨れるとそれなりに気分が上がってきて、その後、一行は和やかに山中を進んだ。

 レファ曰く、ここから一時間ほどの距離らしい。


 途中で一度取った休憩の時間にノアは「師匠、質問です」と私に尋ねてきた。

「どうして魔物は魔法が使えるの?」

「ふむ、いい質問だね。それは魔物の体内の魔素濃度が我々人間よりずっと高いからだ。だから彼らは息をするように魔法が扱える」

「ふうん」

 ノアはまだ初級の魔法を使うのにも苦労しているレベルだ。少しうらやましそうに声を上げる。


「だがね、彼らは魔法を使うのに苦労がないからか、種族固有の魔法以外はほとんど使えないようだね。逆に人間は体内の魔素を練り上げ、魔力に変換し、それを魔法陣や魔法の呪文として生成し始めて魔法を行使出来る。この過程を経ることで魔法の力は何倍にも増幅し、本来魔素濃度が低い我々人間が、魔物達に匹敵する魔法を放つことが出来るんだ」


「そうなんですかぁ。知りませんでした」

 と話を聞いていたらしいレファが声を上げた。

「……どこの騎士学校でも習うと思いますが」

「座学の時間はほとんど寝てました」

 明るくそう言い放つレファの当時の教官に心底同情した。



 休憩を終えてまた少し山道を歩くと、レファが前方の洞穴のような場所を指さした。

「ここです。ここがきのこダンジョンです」


 きのこダンジョンは山の中腹にある洞窟だった。


「早速入りましょう。ノアは大丈夫か?」

「うん、入ろう、リーディアさん」


 お目当てのダンジョンを辿り着いた我々は意気揚々とダンジョンの中に入った。





 ダンジョン内は『きのこダンジョン』の名の通り、至る所にきのこが生えている。

 レファは何度かこのダンジョンに来ているらしく、慣れた様子で私達を案内してくれた。


 二層しかないというダンションとしては小規模なもので、最下層にあるダンジョンコアもごく小さなものだそうだ。

 ダンジョン内に出没する魔物の等級はF~Eランクという最低ランクとその次であるから、ダンジョンというよりむしろ魔素溜まりという方が相応しい。

 少々危険だが、冬でもきのこが採れるここは、近隣の村人達にとって貴重な場所だそうだ。


 今回の旅の目的である魔豚は非常に好戦的で、きのこダンジョンでは一番危険な魔物らしい。

 そんな説明を聞きながら、私達は珍しいきのこを採取しつつ、奥へと入っていった。

 魔豚の生息域はダンジョンコアに近い第二層だという。


 その二層まで辿り着いたが、

「おりませんねぇ」

 辺りを見回しても、魔豚の姿はない。


「食べ物を探して出ているのかも知れません」

 とレファは言った。


 バッグの中はもうきのこで一杯だ。

 一度、洞窟の入り口まで戻ることにした。


 時刻は既に夕方。そろそろ疲れてきたし、お腹も空いてきた。

「リーディアさん、早速きのこを食べてみようよ」

「そうだな。きのこのソテーにきのこのスープ、今日はきのこづくしだな」



 レファは私とノアから少し距離を取った場所に立っている。にこやかに微笑んでいるが、会話に参加せず、周囲を警戒している。

 実にさりげない仕草でノアはまったく気付いていないが、元同業の私の目は誤魔化せない。

 何かあるな――?


「ようよう、あんたら、きのこ狩りか?」

 案の定、我々を見張っていたらしい男達が数名、茂みから現れた。

 粗末な武器を持ち、薄汚れた風体の男達だ。


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