05.ゴーラン伯爵とチェリーボンボン2
「このつるを持って、一口で食べて下さい」
食べ方を説明すると、アルヴィンは「分かった」と頷いて、チョコレートを口に入れた。
それを見て、デニスも食べ始める。
初めての食べ物とあって、アルヴィンはいささか緊張した様子でおそるおそる咀嚼する。
「…………!」
すぐに驚いたように目を見張った。
急いで飲み込むと、彼は、
「中に何か入っている!」
と訴えてきた。
「サクランボ酒に漬けたチェリーです。それを砂糖衣に包んで、さらにチョコレートでコーティングしたもので、チェリーボンボンといいます。あ、種があるんで気を付けて下さい」
キルシュは隣町で作られており、酒蔵では酒も売っているが、このように半年から一年、じっくりキルシュに漬け込んだチェリーも売っている。
酒のつまみにはもってこいなので、宿の常備品だ。
「……アルヴィン様、これは……マズいです」
デニスがあわてた様子でアルヴィンに囁くと、アルヴィンも彼に頷き返した。
「ああ、これは……マズいな」
「えっ、美味しくなかったですか?」
言っちゃあなんだが、初めてにしては良く出来たとうぬぼれていたのだが。
アルヴィンは深刻そうな顔で言った。
「いや、旨い」
「は?」
「旨いのが、マズい。これは取り合いになる」
「は?」
ますます分からん。
だが、デニスまで青い顔で断言した。
「はい。マズいです。これは奪い合いになります」
「そうなんですか……」
「騎士団は血の気が多いのが多くてな……」
苦労しているのか、アルヴィンはため息をついた。
デニスも同意する。
「加減というものを知りませんからね。特に旨いものには目がない。十一個なんてどう配ればいいのか……」
とデニスは頭を抱えた。
さらっと言ったが、領主の分が一粒でいいのか?
一応彼の誕生日プレゼントだぞ。
「待て。十一個騎士団に配る気か?」
アルヴィンもくちばしを突っ込んだが、デニスは見向きもしない。
「リーディアさん、このチョコレート、もう少し作れませんか? 百個くらい欲しいんですが」
と彼は熱心に交渉してきた。
「おい、リーディアの手間を考えろ。迷惑だろう」
アルヴィンがたしなめた。
「お作りするのは構いませんよ。ただ材料がもうありませんから、無理ですね」
そう言うと、今度はアルヴィンが食いついてきた。
「材料さえあれば作ってくれるのか?」
「はあ、まあ」
もう一度言うが、チョコレートは黄金と同価値であると言われている。
自領で採れるとはいえ、カカオ豆は決して安いものではない。公私混同も甚だしいなぁと思っていると、
「チョコレートの美味しさが知れ渡れば、大儲け出来ますよ」
「ああ、デニス。文官達にも配る。なるべく多くの者に食べさせるんだ」
「はい! 販路が拓けることでしょう」
二人の話を聞くと、宣伝も兼ねているらしい。
まあ、食べ物の価値を伝えるには実際に食べてもらうのが一番だからな。
そこんとこいうと、元職場の副騎士団長はひどかった。
褒賞品のチョコレートは某国の災害救助に向かった我々に対する褒美の一つだったが、現地でチョコレートを食べて虜になった副団長のごり押しで選ばれたと聞く。
100%私欲だもんなー。
あいつ、王妃派の高位貴族の子弟で、本当に役に立たない上司だったなぁと、余計なことまで思い出し、イラッとした。
「材料は全てこちらで用意する。リーディアの負担にならない数でいい。作って貰えないか?」
「承ります。あの、手間賃として少しカカオを頂いて良いですか?」
そうすればノア達にもチョコレートを作ってやれる。
ふと視線を感じて振り返ると、ブラウニー達がソワソワとこちらを伺っている。
分かった。お前達の分も作る。
「もちろんだ。日給も支払う」
アルヴィンは気っ風良く約束した。
「では、お作りします」
これから売り出すならチョコレートのレシピもあった方が良いだろうと、私はアルヴィンにチェリーボンボンのレシピを渡した。
中のフィリングをヌガーやキャラメル、ナッツなどに変えれば、また違った味が楽しめる。
「いつもすまない」
「いえ」
当時は料理にはまったく興味がなかった私だが、チョコレートだけは別だ。
カカオ豆が手に入ったら誰かに作って貰おうと、かの国の菓子職人からちゃっかりレシピを聞いておいたのが役に立った。
「さて、もう行かねば」
チョコレートの追加発注を終えると、アルヴィン達は出立の準備を始める。
「馬の様子を見てきます」とデニスは食堂を出て行き、残ったアルヴィンはいつものように、私に尋ねた。
「何か困ったことはないか?」
私もいつも通り、
「いえ、特に何もないです」
と答える。
普段のアルヴィンならそれで引き下がるのだが、今日は違った。
「では欲しいものはないか?」
「欲しいもの?」
「ああ、私もリーディアに何か贈りたい。君の誕生日はいつだ?」
「私の誕生日は夏です」
「夏か、少し先だな」
とアルヴィンは残念がった。
「では誕生日には別に贈るとして、なんでもいい、欲しいものがあれば言ってくれ」
「欲しいもの……」
今一番欲しいのは大きくて焦げ付かない鍋だが、自分で買えばいい気しかしない。
「あー、うちの牛に子供が生まれまして」
そう言われてもとっさに欲しいものなど思いつかない。私は苦し紛れに話を振った。
「牛に?」
よし、案外動物好きのアルヴィンが食いついてきたぞ。
「はい、双子なんですが、牛の双子は珍しいらしいですよ」
牛の妊娠期間というのは人間と同じ、つまり十ヶ月くらいらしい。
ウルとケーラが共に暮らすようになって五ヶ月。
どう数えても計算合わないんだが、ケーラは半分魔獣でウルは精霊であるため、彼らの生殖は通常の牛とは異なるようだ。
幸いケーラのお産は順調で、双子は可愛い。
「そうか、あれらが……」
アルヴィンも感慨深げである。
なんとか誤魔化せたような気がしたので、私はホッとした。
アルヴィンの好意を無にしたい訳ではないが、対価もなしに人から何かを受け取るのはあまり好きではない。
つくづく可愛げがない性格だなと自分でも思う。
「……いや、そうではない」
アルヴィンは頭を振ってそう呟いた。
「そうではないんだ、リーディア」
「?」
アルヴィンは真剣な表情で私を見つめていた。
海のような深い青から目が離せない。
「あなたの欲しいものを聞いたのは単にあなたの気を引きたかっただけなんだ」
「……気を引く?」
「ああ、そうだ」
アルヴィンは立ち上がると、私の側に近づき、跪いた。
そして彼は私の手を取り、甲に唇を落とす。
アルヴィンは私の目を見つめ、言った。
「私は、君が好きなんだ」