04.ゴーラン伯爵とチェリーボンボン1
まずは前菜。
きのこというと秋のイメージが強いが、この時期も山では美味しいきのこがとれる。とれたての春のきのこと鶏のテリーヌに、春が旬の山羊のチーズ、春のハーブラムソンのスプレッドなど、春尽くしの料理を大皿に盛り付け、薄切りのパンを添える。
お次は魚料理。
今日は地元の湖で釣れたいい鱒が手に入った。
川や湖の魚は寄生虫がいることがあるため、湯がいたり、冷凍したりという下処理が必要だが、私はこれでも魔法使いである。浄化魔法を使って寄生虫を死滅させた。
魔法は便利だなとここに来て改めて思う。
処理した魚はマリネにした。
そぎ切りにしたトラウトにスライスした玉葱とセロリを加え、その上からたっぷりとディルを散らす。
そしてメインデッシュは「うさぎのシチュー、アスパラガス添え」。
アルヴィンとその供の茶髪男デニスはどの料理もモリモリと平らげたが、
「旨かった。どれも旨かったが、うさぎのシチューは絶品だった」
というアルヴィンの言葉に溜飲が下がる。
「ありがとうございます」
何食わぬ顔で返事したが、かなり嬉しかった。
時刻は、昼食の客の波が引いた昼下がりだ。
天気の良い日は若いカップルがスイーツを食べにやって来るのだが、今日は曇天のせいか、食堂には他に客の姿はなかった。
こんな日はキャシー達は別の仕事をしている。キャシーの具合は随分と良くなって今日は一家総出で畑仕事にいそしんでいた。
「珈琲をくれるか」
「はい」
食後に追加のオーダーが入り、私は珈琲豆と道具一式を用意する。
アルヴィンは私から豆が入った袋を受け取り、
「君も飲むだろう?」
と三人分の豆をザラザラと皿に空けた。
「…………」
アルヴィンは一粒一粒珈琲豆を凝視しながら、慎重に選別していく。
あまりに真剣な表情だったので、思わず見守ってしまった程だ。
アルヴィンは豆から視線を離さぬまま、何故かとてつもなく歯切れの悪い口調で私に問いかけた。
「……リーディアは、フースの町の春の祭りには行ったのか?」
「行きましたよ」
「行ったのか?」
アルヴィンは意外そうにこちらを向く。
「はい、当日はお天気も良くて、大変な人出でしたよ」
「そうか……」
アルヴィンは何事か考え込んでいる。ついでにその連れのデニスも息を呑んでこちらを見つめた。
なんだ?
「それが何か?」
「……いや、領主は……見たか?」
絞り出すような小声である。
「いいえ、あいにく領主様のお姿を拝することは出来なかったんです」
そう答えると、
「そうか」
アルヴィンは何だかホッとしたような残念そうな妙な表情になった。
「もしかしてアルヴィン様達も領主様にご同行でしたか?」
領主の警備には騎士がついていた。その中に彼らもいたのだろうか。
アルヴィンは天井を見上げ、
「……まあ、そんなところだ」
と言った。
「そうですか。お会い出来れば良かったですね。ノアとミレイもいたんですよ。当日私達は、広場で屋台を出店してまして」
「役場で聞きましたよ。人気の料理屋には屋台の出店をお願いしたそうですね。もしかしてリーディアさんも?」
と情報通のデニスが口を挟む。
アルヴィンが私を名前で呼び始めた頃から、デニスも私を「リーディアさん」と呼ぶようになった。
平民は姓など持たないので、屋号で呼ぶか、名前で呼ぶかが一般的だ。
顔なじみの客はほとんど私を「リーディアさん」とか「おかみさん」と呼ぶ。
だからアルヴィンが私を「リーディア」と呼ぶのも大した意味はない……はずだ。
「ええ、ありがたいことにご指名を頂きました」
「そうかぁ、それは惜しいことをした。僕も食べたかったな。何の料理を出したんです? 肉は振る舞いがあるから、魚料理とかですか?」
「いいえ、それが菓子を売って欲しいと言われて」
「えっ、菓子ですか? まあ、ここは菓子も旨いから」
デニスはフォローまでしてくれるイイヤツだ。
「よろしければ召し上がりますか? 丁度祭りで出した菓子が焼き上がったところなんです」
***
私は台所に戻り、菓子を用意した。
一つ目はケーキクーラーの上で粗熱を取っていた焼きたてのマドレーヌ。まだほんのりと温かい。
マドレーヌは一日置いた方がしっとりするが、焼きたては外が少しサクサクしてそれはそれで美味しい。
そして借り受けた保冷ボックスから『アレ』を取り出し一粒ずつ、皿に載せた。
食堂に戻ったのは、丁度、珈琲が入ったタイミングだった。
「どうぞ」
菓子を勧めるとアルヴィン達の反応は。
「旨いな」
「珈琲に合いますね」
アルヴィンがマドレーヌをくんと嗅ぐ。
「何か香りがする。レモンか?」
「はい、レモンです」
「爽やかでいいですね」
「こういう使い方もあるんだな」
「この貝殻の形がユニークですね。これは女性にウケが良さそうだ」
とかなり好評である。
用意したもう一つの菓子を彼らは不思議そうに見つめた。
外見は親指大の丸く黒い物体である。しかも黒い物体からビヨンと細い棒のようなものが飛び出している。
作っておいてなんだが、食べ物には見えない。
「リーディア、これは?」
「チョコレートです。カカオを少し頂いたので」
「……カカオ?」
とアルヴィンは眉を顰めたが、デニスの方はそれでピンと来たらしい。
「あ、ひょっとして、リーディアさん、町から領主誕生日のお菓子を依頼されましたか?」
「領主誕生日?」
アルヴィンは不審そうにデニスに問う。
「はい。露骨に高そうな贈り物はアルヴィン様が嫌がるので、最近の献上品はもっぱら地元の特産品です。特に食べ物が多いんです」
デニスは側近の騎士らしく、領主を名前で呼んだ。
領主もアルヴィン、ここにいる騎士もアルヴィン。
魔物退治で有名な勇者アルヴィンにあやかって、アルヴィンは武を尊ぶ家で良く付けられる名だ。騎士団内で同名多そうで大変だなと思った。
勇者アルヴィンと聖女リーディアは同時代の英雄で、共に魔王と戦った仲間である。魔王戦の後、勇者アルヴィンは時の王女と結婚し国王となり国の復興に努め、聖女リーディアは国中を巡り、傷ついた人々を癒やしたという。巡礼の旅の後、聖女リーディアはかつての仲間だった騎士と結婚したと伝えられている。
「僕ら側近もお裾分けが頂けるので、領主誕生日は楽しみなんです!」
とデニスはウキウキしながら言った。
「そうなんですか、いい人ですね、領主様」
デニスは満面の笑みで頷く。
「はい。今年はリーディアさんのマドレーヌが食べられるのかぁ、楽しみだなぁ」
「……やらんぞ」
デニスの上司であるアルヴィンは独り占めする気のようだが、
「そんなことをしたら、騎士団が黙ってませんよ。皆、今から楽しみにしてますから」
即座に言い返される。
ゴーラン騎士団は仲が良さそうだ。
「ぐ……」
アルヴィンは不満そうな声を上げ、話題を変えた。
「このチョコレートも領主に渡すのか?」
「はい。お二人はご存じでしょうが、領産のカカオ豆で作りました」
まだ安定した量が確保出来ないので、ゴーラン領のカカオ豆は一般には流通していない。
このカカオは試験的に町に配られているのを譲り受けたのだ。
チョコレートそのものが我が国ではまだ珍しく、カカオ豆はものすごく高価でその価値は黄金と同じだという。
あまりにも高価過ぎて、貰い受けた役場では完全に持て余していた。
私は王宮魔法騎士だった頃、褒賞品として一度チョコレートを食べたことがある。
見た目にそぐわぬ繊細な美味しさに衝撃を受けたものだ。
何の気なしに、「カカオが流通したらチョコレート菓子を作ってみたい」と話すと、役場の青年は上司に掛け合ってカカオを分けてくれた。
そんな高級食材、失敗したら嫌だといったんは断ったのだが、話を聞いた料理人は全員、そう思ったらしく、作り手がいなかったらしい。
チョコレートはすぐに溶けてしまう。
「保管に氷の魔石入りの保冷ボックスがいるんですが……」
と言うと、カカオ豆と一緒にそれまで貸してくれた。
至れり尽くせりではあるが、……正直、ちょっと押し付けられた感はある。
「チョコレートはドロドロした飲み物だと思っていたが……」
アルヴィンがコロンと丸いチョコレートを見て、呟いた。
彼の言う通り、チョコレートはまず精製したカカオに砂糖とミルクを加えて作るホットドリンクとして我が国に伝わった。だが私が口にしたチョコレートは、この固形タイプだった。
作ったチョコレートのうち、形良く出来た十二粒をガラスの器に入れて献上する予定だ。
地元産の素材、器は町のガラス職人の作品と、領地の産業を奨励している領主なら関心を寄せてくれる。……はずだが、見た目がアレなので、側近のアルヴィン達の理解を得たい。
「まずは召し上がってみてください」
と私は彼らに勧めた。