02.少年領主
不毛の大地さえも金に変えるとは、ゴーラン領主はやり手だ。
「ダンジョン側の温室では他にチョコレートの原料になるカカオ豆も作っているそうですよ」
「カカオ豆も?」
カカオ豆も暖かい地方でしか採れず、国内での栽培は不可能と言われている。一言で言うと、ものすごく儲かる。
……本当にゴーラン伯爵は手広くやってるな。
私はゴーラン領に対してまったく無知だが、これは中央の騎士全体に言えることだ。
セントラルの騎士達にとって、注視すべきは南部だった。
南部は領内問題と外交問題の両方を抱えている。
好戦的な隣国と小競り合いを繰り返す南部はひどく疲弊している。
戦費を賄うため税は高く、反乱は後を絶たない。
南部には私も幾度か派遣されたことがある。
ダンジョン経営は儲かるが、運営には厳しい条件がある。
世情不安著しく、余剰の兵力を持たない南部はこの条件を満たせず、正攻法で稼ぐしかない。
しかし一触即発の南部で地場産業が栄えるはずはなく、貧困に喘いでいる。
それに比べるとゴーラン領は問題のない土地で、中央軍の出番はない。
しかし、かつて私の同僚が言ったことがある。
本当に恐ろしいのは、西方ゴーラン。
彼の地の領主が本気で中央部と対立を選んだなら、国は大きく乱れるだろう――と。
確かに、富めるゴーランならその力がある。
そして、すでに王はゴーランの信を失っているのだ。
役場の持ち主は領主で、こういう会議室には大抵領主の肖像画が掛けられている。
この会議室も例に漏れず、歴代のゴーラン領主の肖像画が壁にずらりと並んでいた。
そして正面には当代の領主の肖像画が飾られるのが、一般的である。
私はその肖像画を見上げて、役場の青年に尋ねた。
「……あれが、領主様ですか」
「ええ、そうですよ。我がゴーラン領のご領主アルヴィン・アストラテート様です」
ふと青年は照れたように頭を掻いた。
「あ、僕もアルヴィンというんです。領主様と同名で光栄です」
「そうなんですか、いい名前だと思いますよ」
アルヴィンは魔物退治で有名な勇者の名で国王にまでなった英雄である。我が国の男性の名前としては人気が高く、宿屋でもよく見かける。
肖像画に描かれているのは、大概が中年から初老の男だ。
我が国は基本的に爵位は終身。生前に譲るということがないので、当主が死なねば代替わりはない。
なのに当代の領主の肖像画として描かれていたのは十代半ばとおぼしき少年の姿だった。
艶やかな黒髪のなかなか整った顔立ちをした少年だ。だが、青い瞳はその年の子に似つかわしくない暗い輝きを放ち、こちらを見つめ返している。
少年は、勇猛果敢と名高い辺境伯家の当主らしく黒兜を小脇に抱えた黒ずくめの甲冑姿だ。
ゴーラン領の領主の家紋が黒い盾に銀の剣というもので、代々領主家の男児が団長を務めるゴーラン騎士団もそれに倣い、ゴーラン騎士団の甲冑は黒一色だ。
だがその出で立ちは勇壮さより、まだ細い両肩に背負い込んだ責務の重さを感じさせ、私にはどこか痛ましく思えた。
ゴーラン前領主の死は暗殺だった。
領内の町に夫婦揃って視察に向かい、その道中に賊に襲われて殺された。前領主の唯一の子であるアルヴィン・アストラテートは十五歳で両親を失い、領主となり、叔父である前領主の弟がまだ年若い領主の補佐となった。
叔父の手によってすぐに下手人のアジトが捜し出され、乱闘の末、全員死亡。犯人は領内に巣くった山賊共と断定され、中央にはそう報告されたが、前領主の死には不審な点がいくつもあった。
隣国が近い辺境とはいえ、領内はそれなりに安全で、夫妻には相応の護衛も付いていた。だが彼らは不意打ちを食らい、突然現れた山賊に襲われた。
明らかに仕組まれた犯行だ。
犯人は、山賊達などではない。
領主はその後も密かに調査を続け、事件の背後にいたのが、信頼していた叔父であるのを突き止めた。そして叔父をそそのかしたのが、叔父の妻の実家である中央貴族の子爵家であることも。
起承転結でいうと、承まで来ました!ゴーラン領主過去バナがもう少し続きます。