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退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中  作者: ユーコ
楡の木荘の秋と冬
114/125

17.乗馬の練習とキャベツのキッシュ

 いくら寒いとはいえ、家に閉じこもりきりでは体に悪い。

 天気の良い日にノアとミレイを連れてフースの町のスケート場に行った。

 町のそばにある貯水池を利用して、町の人々が作ったスケート場である。


「あっ、リーディアさん! ノア! ミレイ!」

 スケート場には数名の子供達がいて、ノアの友達のジミーとカシムの姿もある。

 二人はこっちに向かって手を振る。

「ジミー! カシム!」

 ノアは一目散に友達のところに駆けていく。

 霜や雪のせいで道が悪くなるため、冬の間は郊外に家がある子供は学校に通えない。

 ノアもミレイも町に行けるのは私が馬車を出せる週に一度か二度だけだ。

 ミレイも友達の女児がいたようで喜んでいる。

 久しぶりに友達に会えてノアもミレイも楽しそうだ。


 私はというと。

「こんにちは、今日も寒いですね」

「寒いねぇ」

 何度か来ているので顔見知りになった父兄達と挨拶を交わす。

 スケート場の監視は父兄の仕事なので、居合わせた大人が交代で行うのだ。

 普段ふれあう機会がない町の人達と会話するのは、結構良い刺激になる。

 今日は八百屋のおかみさんから『美味しいちりめんキャベツのレシピ』を教わった。

 今度作ってみよう。





 ***


 暇な時間を利用して時折、ノアに乗馬を教えている。

 馬に乗れると行動範囲がぐんと広がる。

 将来どんな職についても無駄にならない技能だ。


 私の愛馬のオリビアは美人だが気性が荒いので、私以外の人間はあまり懐かない。

 ノアに慣れさせるのも少々時間が掛かったが、ノアが根気よく彼女の世話をしたおかけで渋々だが背中に乗せてくれることになった。


 気難しい一面もあるが、オリビアは優秀な軍馬である。

 どんな状況でも私の命令には従うが、命ずるのは最後の手段だ。ノア自身がオリビアに信頼されないと意味がない。


 何度か相乗りして馬に慣れた後、次はノア一人で乗ることになった。

 まあ、一人といってもリードロープは私がしっかり握る引き馬からだ。

 乗馬をするなら馬具が必要である。

 私とノアでは体格が違うので、彼に合った子供用の馬具が望ましい。

 使えそうな道具はないかと納屋に探しに行ったものの、私は内心「そんな都合がいいものがあるわけがない」とも思っていた。

 しかし予想に反して子供用の鞍を発見した。

 ……この家、本当に何でもあるな。


 オリビアに鞍を付け、その背にノアが乗り、私がオリビアを引いて牧草地を歩かせる。


「まっすぐ背中を伸ばして座るんだ。なるべくその姿勢を維持して動かない」

「はい、リーディアさん」

 馬上のノアは緊張した様子で頷く。

「両足で馬の胴体を軽く挟むようにするんだ。強くは駄目だぞ。それから難しいだろうが、姿勢はそのままで少しリラックスしなさい。ノアが緊張するとオリビアも緊張してしまう」

「やっ、やってみるよ」


 その状態で、少しオリビアを歩かせる。

 あまり子供とふれあうことがなかったので断言出来ないが、ノアは上達が早い方なんじゃないだろうか?

 終わった頃にはかなり様になっていた。



「後何回かしたら、一人で乗れるようになるよ」

 休憩の時、ノアにそう言うと彼はとても喜んだ。


「本当? 教えてくれてありがとう、リーディアさん」

 ノアはぺこりと頭を下げる。

「はい、良い返事だ。春までに乗れるようになるといいね」


「…………」


 だがこの言葉にノアは深く沈み込んでしまった。



 単なる軽口のつもりだったが、急に様子が変わったノアに私は声をかける。

「ノア、どうかしたか?」


「リーディアさん」

 ノアは切羽詰まった表情で私を見上げた。

「なんだい?」


「この宿、一泊いくらなの?」

 何故か唐突にそう聞かれる。


「一泊お一人様銀貨二枚だよ」


「銀貨二枚……」

 ノアの顔色がさらに悪くなったので私はあわてて言った。

「誰か友達が宿に泊まりたいのかな? ノアの友達なら歓迎するよ。ジミー達かい?」


 ノアはしばしためらった後、こう言った。

「僕」

「うん?」

「泊まりたいのは僕とミレイ」

「……? ノア達はここに住んでいるだろう?」

 泊まりたいって何だ?


「でも春になったら僕達ここを出なくちゃいけないでしょう?」

「いけないってことはないよ」

「でもお母さんがね、春になったら出て行くって言うんだ。『リーディアさんのおかげで元気になったし、ご厚意にこれ以上甘えるわけにはいかないから』って」


「…………」


「僕、ここにいたいよ。このお家で暮らしたい」

 ノアは泣きそうな声でそう訴えてきた。


「…………」

 普段のノアは我が儘を言わず、とても我慢強い。


 私は腕を伸ばして、ノアの頭にぽんと触れた。



「すまなかったね」

「リーディアさん?」

「最近ずっと悩んでただろう? このことかい?」

「うん……」

 ノアは頷く。


 なんとなく彼に悩みがあるのは察していたが、そんなことだったとは気付かなかった。


「私は春になってキャシーさんが元気になったら町で暮らすのが君達にとって一番いいことだと思っていたんだ。でもノアはこの家で暮らしたいんだね」

「……やっぱり駄目?」

 私は頭を振る。

「駄目じゃないよ。だけどこの家に住むなら町の友達にはあまり会えなくなる。学校にも毎日は通えない。それでもいいのかい?」

「うん」

 ノアは迷わず頷いた。

「ミレイも?」

「うん。ミレイもここがいいって」

「そうか。じゃあ私がキャシーさんに話してみるよ」


「えっ」

 ノアは目をまん丸くして私を見上げる。

「いいの? リーディアさん」

「ああ、本当はもっと早く大人同士で話し合わないといけなかったんだ。ずっときちんとしなかったせいで、ノアとミレイを不安にさせてしまった。すまなかったね」


 私はそうノアに謝った。



 ノア一家が我が家で暮らし始めたのは、秋の終わり。

 キャシー達はこの先にある山の上の騎士団駐屯地、通称『砦』に住み込みで働きに行く途中だった。

 しかし彼らを見たバンシーが砦に行くと三人とも死ぬと予言した。なんとかそれを覆したくてあわてて三人の後を追い、連れ戻したのだった。

 怖がらせるだけだと思い、私はキャシーにパンジーの死の予言についてきちんと話さなかった。

 家で暮らし始めた直後はキャシーも熱を出したりとあまり具合が良くなかったので、「おいおい話そう」と思いつつ後回しになっていた。


 多分、私はノア達から奇異な目で見られたり、「ここで暮らしたくない」と言われるのが嫌だったんだろう。

 だがそんな理由で子供の心を傷つけてはいけない。

 私は反省した。

 キャシーを呼び出し、今後のことを話し合うことに決めた。


「信じられないかも知れませんが……」

 話し合いはまずあの時のことを詳しく説明するところからだ。

 我が家に妖精が住んでいること、そのうちの一人、バンシーが死の予言をしたこと、なんとかそれを覆したくて無理に我が家に一家を連れ戻したこと……。


「……そうだったんですか」

 話し終えてキャシーはぽつりとそう言った。


「今まで黙っていてすみませんでした」

「いえ、あの時リーディアさんにそう言われても信じられたとは思えません。今で良かったと思います」

「それで、これからのことなんですが……」

 私は言いかけたが、キャシーがその声を遮る。


「あの、その前に、私からリーディアさんにお願いがあるんです」

 ノアと同じくらい思い詰めたような表情だ。

 私は内心狼狽えた。

「はい、何でしょう」

 彼女は深々と頭を下げる。

「おかげさまで私も元気になり、仕事が出来るようになりました。これで親子三人暮らしていけます。本当にありがとうございます」

「いえいえ、良かったです」

 これはやっぱりキャシー達はここから出て行くつもりなのか?

 私はそう思ったが、彼女は私の目を見つめて言った。

「それであの、どうかこのままここで暮らさせてもらえないでしょうか」


 なんだ、キャシーも同じことを考えていたのか。

「私もちょうどその話をしようと思って来たんです。三人がいいならこのままここで暮らしませんか?」

「えっ、い、いいんですか?」

 キャシーは断られると思っていたようで、驚いている。

 それからはっと我に返った様子でおずおずと言う。

「あっ、あの、お願いしておいて失礼ですが、お部屋代は宿代と同じだけはお支払い出来ないので、少し減額して頂けると助かります……」


「部屋代は今まで通り、家の針仕事をお願いします」

 どうやら部屋代がキャシーが一番不安に思っていたことらしい。

 かなりホッとした表情になる。


「願ってもないお話ですわ。でもいいんですか?」

「はい。私は針仕事が苦手なので、キャシーさんがいてくれるととても助かります」

 そう言うと、キャシーの目が泳いだ。

「そうですね……」

 否定しようしてくれたようだが、さりとて嘘はつけないらしく、彼女は小声でそう肯定した。


 子供の頃に親元から離れ、魔法使い養成所に通うことになった私は、裁縫の経験がない。

 養成所も騎士団も寮住まいで寮母さんや家政婦がいて生活の面倒を見てくれた。

 繕い物などは彼女達がしてくれたのだ。

 故にまったく知らなかったが、私は針仕事全般がとても苦手だ。


「町で暮らした方が、本当はキャシーさんの仕事にとってもノアとミレイの学校のこともいいんでしょうが……」

 ノアもミレイも友達といる時は楽しそうだ。

 町で暮らさないと得られないものもある。

 だが、キャシーは首を横に振る。

「私の仕事は針と糸さえあればどこでも出来ます。ノアとミレイの学校は心配ですが、二人はここの暮らしがとても気に入っているようで、笑顔が増えました」


「そうですか。ではノア達のことは、先生とも相談していい方法を考えましょう」

「はい、ありがとうございます」




「……というわけで、春からも一緒に暮らそうと思うんだけど、二人はどう思う?」

 タイミング良く、今日は食事のお客もいない。

 皆そろっての夕食の席で、私はノアとミレイにそう聞いた。

「本当! いいの?」

 とノアは喜色満面で喜び、ミレイはというと。

「うっ……」

 と声を上げると目を潤ませる。


「ミレイ?」


「うえーん」

 見る間にミレイは泣き出してしまった。


 私とノアはとっさにどうしていいのか分からず固まったが、キャシーはいち早く立ち直り、「あらあら」とミレイを抱き締めた。


「嬉しくて泣いちゃったのね」

「えっ、嬉しくて?」

 ミレイは泣きながら、頷く。

「うん。ミレイ、ここがいい。ここでくらす」

 ミレイはそう宣言すると安心したらしく、「ママー」と甘えるようにキャシーに抱きついてまた泣いた。

 私とノアは顔を見合わせて笑う。


「私もミレイとノアとキャシーさんがいてくれると嬉しいよ、さあ、食事にしようね」


 今日のメニューはフースの町の八百屋のおかみさんに聞いた『ちりめんキャベツのキッシュ』だ。

 パイ生地のかわりにキャベツの外側の葉の部分を使って焼き上げたキッシュである。

 ちりめんキャベツはちりめんの名前通り、葉がちぢれている。甘みがあり、柔らかな食感のキャベツだ。

 中の具は何でもいいが、今日はかぼちゃに玉葱、ベーコン、じゃがいも、チーズ。

 キャベツの葉にオリーブオイルを絡めてパリッとなるまで焼くのがポイントだ。葉っぱの緑色が鮮やかなキッシュが出来上がった。

 メインデッシュはノアのリクエストの鶏のクリームシチュー。

 ミレイの好物でもある。

 寒い冬、皆で食べるのにぴったりのメニューだ。


 こうして我が家の住人はまた少し増えたのだった。


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― 新着の感想 ―
|……この家、本当に何でもあるな。 たぶん妖精さんの仕業ですね。
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