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退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中  作者: ユーコ
楡の木荘の秋と冬

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09.マシュマロと焼き林檎3

 皮に毛が生えたままの場合は剃るとか表面を焼くなどしてまず毛の処理をするそうだ。

 だが私が肉を買っているフースの町の肉屋は丁寧な仕事をしていると評判の優良店なので、作業は肉から皮を剥ぎ取るところから始まる。


 ちなみに肉の部分は今晩のおかず、豚肉のグリルになる。

 豚肉は焼く数時間前に、ニンニク、塩コショウをすり込んで冷暗所に置く。


 剥がした豚皮は、熱湯で五分ほど煮てその後流水で冷ます。白くなった部分は脂身なので丁寧にそいで、洗い、豚皮だけの状態にする。

 完全に皮だけにした後、一口大程度に切り、沸騰させて茹で汁を捨て、アクや臭みを取るゆでこぼしの作業を数回行う。

 この下処理が済んだら豚皮を二時間ほど煮る。

 ここまでしたらほとんどアクは出ないはずだが、万一出たらアクは取り除く。

 この茹で汁がゼラチンである。


 茹で汁から豚の匂いがしたら肉や野菜のゼリー寄せやムースに使ったり、シナモンなどの香りが強いハーブを入れて誤魔化すという手もあるんだが、今日は上手くいったようだ。


 後はこのゼラチンにジャムと蜂蜜か糖蜜を入れて混ぜ合わせ、常温に冷ます。

 冷ましている間に卵白をよく泡立て、泡立てた卵白にゼラチン液を少しずつ混ぜ入れる。混ぜ終えたら料理用のパットに入れ、さらに二時間ほど冷やす。

 固まったら一口サイズに切って出来上がりだ。

 今日はアプリコットのジャムにしたので、黄色いマシュマロになった。

 マシュマロは冬の室内なら二、三週間は持つ。



「手間が掛かっているな」

 黒髪男は感心したように言った。

「確かに手間は少し掛かりますが、煮込み料理のついでですから」

 マシュマロのみを作るのであれば面倒なことこの上ないが、下処理さえしっかりやればじっくり煮るだけでゼラチンが出来上がる。

 あとはジャム等を混ぜて冷暗所に放置するだけだ。

 今も夕食のカボチャのボタージュや生ハムと玉葱のマリネの仕込みながら片手間に作っている。


 そし夕食のおかずは、もう一品。

 先ほど取り出した茹でた豚皮をオリーブオイルと塩、ローズマリーやセージといったハーブと和える。

 それをオーブンに入れて四十分焼くと出来上がり。


「ポーク・スクラッチングです」


 できたての熱々を皿に盛って黒髪男に出す。

「あの皮は捨てるのだと思った」

 黒髪男はかなり驚いたようだ。

「捨てませんよ。皮、美味しいですよ」

「食べていいか?」

「どうぞ」

 黒髪男は一枚つまんで食べた。

「パリッとして美味いな」

「でしょう」

「……酒場で食べたことがある。これは豚の皮だったのか」

「はい」


 酒場の定番のつまみでもある。



 豚肉のグリルは秋の果実のソースにしよう。

 まず干した自家製クランベリーを赤ワインで戻しておく。

 フライパンで肉を焼き、そこにエルダーベリーのジャムとバター、刻んだマートルの実と同じく刻んたドライクランベリー、ワインビネガーを少々。混ぜ合わせたソースを肉を絡めながら少し煮込めば完成だ。

 お客が来てから肉を焼くから、材料だけ用意しておけばいい。


 下ごしらえが全て済んで、まだちょっと夕食まで時間がある。

「デザートを作ろうと思うんですが、何がいいですか?」

 私はついいつもノア達に聞くような調子で黒髪男に尋ねた。


「…………」

 黒髪男の返事はなく、

「?」

 不審に思って彼を見ると、彼は困ったような顔でこっちを見ていた。


「すまない、私はあまり料理に詳しくなくて、もちろん好き嫌いはあるんだが、出されたものを食べるだけの生活で、そのう、何がいいかと聞かれてとっさに思いつかない」

 普段黒髪男は騎士然とした堂々たる態度なんだが、その時の彼は非常に自信なさげであった。

 多分、人から見れば「何を言ってるんだろう」という言葉だが、私にはよく理解出来る。


「ああ、分かります。私も以前はそうでした。食べるのも仕事のうちみたいな気分で」

 そう答えると黒髪男は我が意を得たりという感じで大きく頷いた。

「そうなんだ」


 食事は騎士としての仕事の一つみたいなものだった。

 黒髪男の言うようにもちろん好きな食べ物や嫌いな食べ物はあるんだが、それとは別に美味かろうがマズかろうが文句言わずに食べるというのが身に染みついている。

 私にとってメニューというのは誰かが決めるものであって自分で考えるものではなかった。

 だから黒髪男が戸惑うのは少し分かる気がした。


「食にこだわりはない方だったんですが、環境が変わったら急に料理がしたくなって。何の因果かここで宿屋をしております」

「……そうか」

 と彼は言い、しばらく考え込んだ後、口を開く。


「この前ここで食べた林檎のデザートは美味しかった」

「林檎のデザートですか? 何かな?」

「……焼いてあった」

「ああじゃあ、焼き林檎かな?」

「多分それだ。半分に割った林檎だった」


「じゃあ、焼き林檎にしましょうか。私も好きなんです」

「そうか、あれは美味かった」


「焼き林檎は色々なレシピがあるんですよ」

「そうなのか」

「うちのは半分に切ってくりぬいた芯のところにバターと糖蜜を練ったものを詰めてココットに入れて焼く方法で、シンプルな方です。一個まるごと焼いたり、シナモンを入れたり、木の実を入れたり、マシュマロを入れるというのも聞いたことがあります」

「言われてみればレーズンが入っているものを食べたことがある」

「はい。酸味や歯ごたえが感じられるように少し短めに焼いたり、逆にトロトロになるまで長めに焼いたり、焼き方も色々工夫があるんです」

「主人はどういうのが好きだ?」

「うーん、そうですね。美味しければ何でもというところでしょうか」

「私もだな」


 秋に戻ったような穏やかな一日が過ぎていく。

 長い冬が来ても、なんとかやって行けそうな、そんな気がした。


秋編終わりました。ありがとうございます。

次は冬編になります。開始まで少々お待ちください。

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