06.鹿肉のポトフと秋の色
森のニシキギが真っ赤に色づき、秋も終わりに近づいた頃、青いブラウニーは我が家に良く手伝いに来てくれた少年、ノアとその母親と妹。三人の死を予言した。
彼女はブラウニーではなく、バンシーという人の死を予言する精霊だった。
バンシーはノア達一家が住み込みで働く予定の砦で病気が流行り、三人とも死んでしまうと私に教えた。
私はあわてて砦に向かう彼らを呼び戻し、話し合いの末、三人は冬の間我が家で暮らすことになった。
その晩、山の風に当てられたのか、ノアの母親のキャシーが熱を出して倒れてしまった。
私の見立てでは多分、過労だ。
フースの町で暮らしていた家も処分したというし、色々大変だったのだろう。
幸い大したことはなさそうなので、しばらくゆっくり休んでもらう。
「…………」
私が夕食の仕込みをしていると、小さな子がキッチンをのぞいている。
ノアの妹のミレイだ。
ノアは母親の分も働くつもりなのか、寒い中屋外で農作業をしに出ている。
私は助かるが、ミレイは知らない家でぽつんと一人残されてしまった格好だ。
彼らの居室になった部屋にいる母親はさっき見に行ったらぐっすり眠っていたから、退屈なのだろう。抜け出してきたようだ。
やがて好奇心に負けたミレイは私に話しかけてきた。
「何してるの?」
「ポトフを作っているんだよ」
「ポトフ?」
「そう、こっちに来てごらん」
入るように促したんだが、ミレイはためらった。
「でも、キッチンには入っちゃ駄目だってママが」
「そうだね。火の周りは危ないから駄目だけど、そっちのテーブルの椅子に座っているのはいいよ」
「いいの?」
「ああ、キッチンの方が暖かいからね、お入りなさい」
ちょうど塩をすり込んで一晩置いた鹿のすね肉を大きめに切ってフライパンに入れたところだ。
強火で焼いて焼き色を付ける。
フライパンが奏でるジューッという音にミレイは息を呑みこんだ。
焼いた肉は大鍋に移し、水と同量の鶏のフォン、ブーケガルニ――セロリ、タイム、ニンジンとカブの葉っぱを束にしたもの――、コショウ、ニンニク、粗く刻んだネズの実を入れてあくを取りながら一時間半ほど弱火で煮込む。
ポトフは肉と野菜を煮込むだけの料理だが、シンプルなだけに料理人によって大分レシピが違う。
今日は先に肉だけ煮込むやり方にしてみた。
作業が一区切りつくと、私はテーブルに行き、ミレイとは向かい合わせに座る。
「…………」
ミレイと二人きりは初めてで、彼女は少し緊張した様子だ。
鹿肉を煮る間、別の作業をしよう。
私はテーブルの上に山盛りに盛られた黒紫色の実を枝から外して手元の片手鍋に入れていく。
さっき使ったネズの実、ジュニパーベリーと良く似ているのだが、これはニワトコの実、エルダーベリーだ。
「何してるの?」
とミレイが尋ねてくる。
「ノアがエルダーベリーを摘んできてくれたからジャムを作っているんだよ。エルダーベリーの収穫はこれが今年最後だね」
「お兄ちゃんが?」
ミレイはノアより三つくらい年下だ。
ノアとは普段行動を共にしていないようで、驚きの声を上げる。
「そうだよ」
「エルダーベリーって何?」
「ニワトコの花は知っているかな、あれの実だよ」
「ふうん……」
ミレイは興味深そうにエルダーベリーを見ている。
「白いお花なのに、実は違う色なんだね」
「そうだね」
ミレイの言う通り、エルダーフラワーは初夏に咲く白い花で、その実のエルダーベリーは秋につくのだ。
ブルーベリーと似ているが、酸っぱくて生食は出来ないため、ジャムやシロップ、果実酒にする。
ちなみにさっきのジュニパーベリーもやっぱり生食は出来ない。
こちらはスパイスとして使うのだ。
収穫は秋で、生でも使えるが、乾燥させたら一年以上持つ。
それからジャムにもスパイスにもなるマートルの実がなるのもこの時期で、この三つは色や形が良く似ているためごちゃごちゃにならないように注意しないといけない。
ジュニパーベリーとマートルの実はどちらも肉料理によく合う。
さっきみたいに煮込み料理に使っても美味しいが、コショウのようにただハムの上に散らしてみても美味しい。
私の作業を見ていてやりたくなったらしい。
「ミレイもやる」
「じゃあそこの流し場で手を洗ってきなさい。石けんで丁寧にね」
「うん!」
ミレイは手を洗って戻ってくると、小さな指で慎重にエルダーベリーを枝から外す。
実をじっと見て、ミレイは「綺麗な色だね」と話しかけてきた。
「そうだね」
黒に近い紫色で本当に美しい。
「食べてもいい?」
「いいけど、すごく酸っぱいからね、気をつけて」
そう忠告して、ミレイも「うん、分かった」と返事したんだが、口に入れた瞬間、
「うえぇぇ、すっぱいー」
と顔をしかめた。
「大丈夫?」
「だいじょうぶ。けど、これ、美味しくないよ」
「ジャムにしたら美味しくなるよ」
「本当ぉ?」とミレイは疑っている。
信じられない様子なので、私はキッチンの横の食品置き場で少し前に作ったエルダーベリーのジャムを持ってきた。
「それジャム?」
「そうだよ。見ててごらん、今このジャムを使っておやつを作るよ」
まず皿の上にクラッカーを一枚乗せる。次はクリームチーズと生クリームを半分ずつ混ぜ合わせたチーズクリームを乗っけて、その上にエルダーベリーのジャムを乗せたら出来上がり。
「うわぁ」
白いチーズクリームの上に乗ったエルダーベリージャムの濃紫が鮮やかでミレイは歓声を上げる。
「食べていいの?」
「どうぞ」
簡単なクラッカーデザートだが、
「おいしい!」
と彼女は笑った。
ジャムの作り方は、エルダーベリーに砂糖を入れて一晩置く。一晩おいて実から水が出たら林檎のシロップを足して煮詰める。
林檎を煮詰めて作った林檎のシロップは、梨と同じくこの辺りではよく使う甘味料だ。
保存のためジャムはたくさん作るので砂糖より安い梨や林檎のシロップはとてもありがたい。
砂糖だけで作った時と比べなんとなく味が違うが、エルダーベリーの味が強いせいか、林檎の風味は「言われてみれば」くらいしか感じない。
「そこにいるんだよ」
「うん」
ミレイにそう言って、私はテーブルを離れ、ポトフ作りの続きをする。
鹿肉を煮て一時間半経ったら、大きめに切ったにんじん、玉葱、セロリ、キャベツ、じゃがいも、子供達用のソーセージを入れてさらに一時間煮込むと出来上がり。
後はブロッコリーとベーコンのニンニク炒め。カボチャのサラダってところか。
やがてノアもキッチンにやって来て、ノアの分もおやつを出す。
その様子をブラウニー達がじっと見ていたので、二人には分からないように彼らにもそっと渡した。
ブラウニーは皿を受け取るとすぐに隠れたが、
「あれ? 今誰かいた?」
「……僕も誰かいたの見た気がする……」
ノア達は目ざとく見つけたようだ。
「あー」
この子達、妖精見えてる子だ。
妖精が見える子供は珍しくはないが、二人共か。
いずれ妖精との付き合い方を教えないといけないな。
急に賑やかになったキッチンで、私はそんなことを思いながら料理の続きをした。






