断る女、出動す!
「お断りします」
凛とした女性お声が部屋に響き渡る。
「おまえなあ、断るのか?昇進の話を断るのは何回目だ?」
男性は女性の上司のようである。
上司と思われる男性の執務室と思われる場所で2人は対峙している。
男性は重厚な机の前の椅子にゆったりと座っている。
女性は机の前に立っている。
「3回目です」
悪びれもせず、申し訳なさそうでもなく、淡々と答える。
「5回目だ!」
上司はどうしたもんだという風に、頭を抱えていた。
「もういい、以前から言っている通り、本日の午後から訓練生を連れて、魔物退治に行け。調査隊の話では、ゴブリンやハティが巣くっているらしい。これが、調査票だ。」
あきらめて、次の予定と、調査票と呼ばれる紙の束を渡してくる。
「失礼します。」
女性は調査票を受け取って、執務室を退室した。
オルドビス国の帝都であるダリウィル。
帝都の騎士団の詰所には、騎士団が常駐しており、書類を書くための机や椅子も並んでいる。その先に騎士団の師団長の執務室が立ち並ぶ、さらにその奥には騎士団長の執務室がある。
先ほどの2人がいたのは師団長の執務室である。
上司はゼラ・ファコプス、騎士団師団長である。見た目は騎士らいしい体格で、ぼさぼさの頭にあごひげを無造作に生やしている。老けているのか若いのかよくわからない。
部下はシャル・ロデリック、騎士団小隊長である。女性としてはさして身長も低くはないが、騎士として体格的には決して恵まれているとは言い難い。顔は美人でもなく普通の顔をしている。たぶん、街中を歩いていても、騎士とは思われず、周囲に溶け込みそうな普通の人といった感じである。
騎士団の小隊長は10〜15名前後の副隊長を含む騎士団員を束ねており、その小隊を5隊前後束ねているのが、師団長になる。師団長は8名おり、その師団長と2名の副騎士団長を束ねているのが騎士団長である。騎士団員は全体で400〜600名前後いるとみられる。
この他の騎士団員見習いと騎士団訓練生がいる。
大雑把に言うと下から
騎士団見習い→騎士団訓練生→騎士団員→騎士団副隊長→騎士団小隊長→騎士団師団長→騎士団副団長→騎士団団長
小隊長と師団長の間には補佐官もいるが、騎士団員が補佐官を務めることは稀で、補佐官は文官が多い。
師団も序列があり、第1師団が一番上で、第8師団が一番下になる。それぞれの師団の中でも第1小隊が一番上、第5小隊が一番下になる。なので、騎士団の小隊単位で言うと11(イチイチ)小隊〜85(ハチゴ)小隊までで、11小隊は第1師団の第1小隊、85小隊は第8師団の第5小隊である。
シャルはこの最下層の85小隊の小隊長である。
ゴブリンとハティ退治を命じられた。ゴブリンは邪悪な(小)魔物、ハティは狼の(小)魔物である。
両者ともにそれほど、強くはなく、知能も高くないが、数が多いために近隣の村々がよく襲われたりする。
小規模な場合は冒険者ギルドに依頼があり、冒険者たちが退治する。
大規模な損害が出る場合は騎士団が退治する事がある。一般的に冒険者ギルドと騎士団の依頼は被ることはない。冒険者ギルドでの依頼は騎士団での討伐の対象でない場合のみ、引き受けることができる。
シャルがゼラの執務室から出た時すでに時刻は昼時だった。
昼時なので、調査票に目を通しながら、食事をしようと食堂へと向かった。
食堂は小隊長以下の騎士や下位の文官などが利用する一般食堂がある。
師団長以上や上位の文官などが使用する上級食堂は別にある。
一般食堂は自分たちで好きな料理をとることができるブッフェ形式である。
シャルは食堂で自分のトレーに食べ物載った皿を載せ、仲間のところへ行き、席につこうとした。
そこへ他の小隊の騎士たちがやって来て、シャルにこう言う。
「小隊長殿は遅い昼食だな。毎回、師団長に呼ばれて。どうせ、枕営業でもしてるんだろう?
枕営業で、小隊長になったんだろう?普通、女がその年で小隊長などなれるわけないよな。」
周りの仲間がむっとした顔をしたが、シャルは気にした様子なく
「枕営業しているのか?イデス!」
シャルは興味深々の顔をして、イデスの方を見て言う。
「俺じゃなくて、お前だ!」
イデスと呼ばれた騎士は、顔を赤くしながら怒り気味に言う。
「なんだ?違うのか?」
残念そうにシャルが言う。
「残念そうに言うな!もういい!」
彼と仲間達はそう言って別の席に行った。
シャルは「なんだあ、違うのかあ。」と残念そうに言いながら、席に着き、食事を食べながら調査票を読む。
一通り読み終わった後に、隣の席に座っている部下のアイシュッに言う。
「午後からの訓練生を連れての遠征だが、ゴブリンとハティの巣の殲滅だ。」
「ゴブリンとハティですか。まあ、訓練生の遠征としては普通ですね。」
アイシュッは、85小隊の副隊長で、とても優秀な人物だ。容姿体格ともに恵まれており、切れ長の黒い瞳に黒い髪、整った顔をしている。漂う雰囲気が妙に色っぽく、女性にとても人気がある。ただ、顔の表情が乏しく、冷たい印象を受ける。
「そうだな。」
シャルはそういうと、準備が出来たら出発するとアイシュッに言った。
食事を終え、食器とトレーの返却をしながら、ルイが言う。
「まあ、訓練生の鍛錬の遠征なんてめんどくさいですよね。」
ルイ・エンクリヌルスという名の騎士はシャルの部下であり、金髪で緑の瞳をしており、これまた騎士としては体格が良くがっしりとしている。残念なのは顔がにやけていて、軽い感じがすることだ。実際に少々チャラい。
「そう言うな、ルイ、訓練生の鍛錬は騎士団の重要な仕事だ。」
シャルは真顔でルイに言う。
「シャルさん・・・」
ルイが若干、感動しながら言う。
「って、うちのめんどくさい上司が言っていた。」
振りむきざまに、シャルがあっけらかんと言う。
「シャルさん・・・」
ルイは残念そうに声のトーンを落としながら言う。
「お前は〜!誰が!めんどくさい上司だ!!」
後ろで、めんどくさい上司が怒っていた。
「師団長!」
食事中の騎士たちも立ち上がり敬礼をする。
シャルが振り返るとゼラだけでなく、ゼラと同じ師団長である、オックス・フォーディアンとアーレニアン・バトニアもいた。
オックス・フォーディアンは男性だが、女性よりもかわいらしい容姿をしており、ピンクがかった髪の毛に紫色の瞳をもち、長身だが、華奢な体つきをしており、ふんわりとした雰囲気を醸し出している。おまけに声もかわいい。騎士団以外では「騎士団の天使」と呼ばれるほどの人物だ。ちなみに騎士団では容姿とは裏腹に性格がきついことから「騎士団の堕天使」と呼ばれている。まあ、それぐらい性格がきつくないと騎士団の師団長は勤まらないと思われる。
アーレニアン・バトニアは貴族出身の男性で、金髪碧眼で、顔は笑顔だが、瞳の奥が笑っていない腹黒い師団長とも言われる。オックスとは対照的に、騎士らしい体格を有している。ちなみにオックスは第7師団の師団長、アーレニアンは第6師団の師団長になる。3人は性格も違うし、身分もバラバラだが、仲
が良いらしい。
師団長が3人も一般食堂に来るのは珍しいことだ。
「お・ま・え・は〜!俺を馬鹿にしているだろう!」
ゼラは怒って、シャルに言う。
「そんな事はありませんよ!尊敬しています!例え師団長にどんな性癖があろうとも!」
本当に尊敬しているのかという周囲が思う台詞が飛び出す。
「はあ!?どんな性癖だよ!!」
ゼラが顔を紅潮させながら言う。
「イデスが枕営業してるって言ってました。男同士でそういう趣味があったとは・・・」
シャルは真顔で答える。
「あるわけないだろう!そんな趣味はないし、俺はノーマルだ!!」
ゼラがワナワナと体を震わせながら、渾身の力を込めて言う。
「違うんですか?」
シャルが真顔で聞いてくる。
「違うわ!!」
ゼラが否定をこめて言う。
「なんだ、違うのかあ。」
シャルが残念そうに答える。
「残念そうに言うな!」
ゼラとシャルのやり取りを聞いて、ゼラの後ろにいた二人の師団長の肩がフルフルと揺れているのが分かる。明らかに二人とも笑いをこらえている。
「もういい、行け!!今すぐ行って来い!!」
鬼の形相になるゼラに周囲はビビっていた。
「かしこまりました~」
シャルは軽い感じで答えた。
「軽く言うな!」
ゼラに怒られながら、シャルは食堂を後にする。