第1話 手を繋いで登校するのって普通じゃないんですか?
いやー今日もいい朝ですね! お日様も燦々で、雲一つない綺麗な青空! 天気予報も今日一日はずっとこんな天気が続くて言ってたし、まるで私の心の中みたいに快晴です!
……ごめんなさい嘘です、私の心はめちゃくちゃ大荒れです。雲だらけのどんより真っ暗、朝ご飯だって一回しかおかわりしてません。
いやでも仕方なくない? いきなり親友から愛の告白されて、しかもファーストキスまで奪われたのに平常心を保っている奴は心に何かしらの欠陥を抱えているに違いない。つまり私はスーパー正常ってこと。
うぅ、お腹痛くなってきた……学校行ったら100%詩織ちゃんと会うし、どんな顔したらいいんだろう。あの後詩織ちゃんはすぐ帰ったけど、(私が一方的に)気まずくて何にも連絡できてないし、いつも通りに話せるかなぁ。
よし、ここは一か八かズル休みをしよう。
「お母さーん今日学校休んでもいい?」
「何言ってるの、というか準備できてるんならもう行きなさい」
「……はーい」
ですよねー。
お母さんに軽くあしらわれた私は、渋々玄関に向かう。
流石に学校にすら行かないの詩織ちゃんに失礼というか、露骨に避けてるみたいで親友としてダメすぎるので頑張ります。
正直まだまだ気持ちの整理がついてないけれど、学校に向かっている間に少しでも私なりの答えを見つけないとな……。
そうして重い足を引きずりながら玄関の扉を開くと
「あらおはよう、ちょうど呼びにきたところだったのよ」
悩みの種ご本人様がお出迎えしてくれました。
いや……うん、そうなんだよ。私と詩織ちゃんは家が近い、というかお向かいさんだから学校もいつも一緒に行くんだよね。
別に忘れてたわけじゃないけどね、意図的に頭の中からそのことを排除していたっていうか、都合の悪いことには蓋をしておいたっていうかさ、うん……現実逃避してただけです。
「お、おはよー!」
「ええ、おはよう茜」
とりあえずいつも通りを装って元気に挨拶! ちょっと声が上擦ったけど気にしない気にしない! 私は詩織ちゃんの親友の茜、それ以上でもそれ以下でもないんだから!
とは意気込んだものの、どうしても意識してしまう。そりゃあんなことがあった後だし、詩織ちゃんの顔が直視できない。特に唇とか──って違う! 私は決して親友をそんな目で見ているわけじゃないんです!
私が虚空に向かって謝罪していると、詩織ちゃんは右手を私に向けてきた。
「ほら茜、手出して」
「……ん」
今までなんとも思ってなかったけど、昨日のアレがあってからこういう手を繋いで学校に行くみたいな普通のことがめっちゃ恥ずかしく感じる。
少しだけ私より大きい手。軽く握ってみると、少しびくっとした後握り返してくれる。
詩織ちゃんの手はほんのりあったかくて、春の朝の微妙な寒さが和らぐ。指細いなぁ、手まで美少女仕様とは恐れ入る。
やっぱり美少女、というより美人だよなぁ……身長も高いし、クール系なのもあってモデルみたい。私たちは昔からずっとペアみたいな感じだったけれど、誰の目から見ても釣り合ってないんだろうな。
ま、まあ私だって? 高校デビューとともに髪の毛青色に染めちゃったりしたし立派な陽キャというか……? ぐっ! また後悔がじわじわと胸の内から浮き上がってくる! なんで青色にした私!? 色彩豊かなアニメキャラに対する憧れと「金髪とか無難すぎ笑」みたいな馬鹿な考えでこんな色にするんじゃなかった!
うちの高校、校則緩いから変わった髪の色してる子とかまあまあ見かけるけど、いざ当事者になると「え? 何あの色、ウケるんですけどw」みたいなこと思われてるんじゃないかってなっちゃう!
なんて、私が自己嫌悪に陥って頭を抱えていると詩織ちゃんがボソッと言う。
「茜がまた変になってる」
「失礼すぎる!」
不服だ、まるで私がいつもこんな感じみたいな……いや割といつもこんな感じか?
「そりゃ詩織ちゃんみたいな100人中100人が美人って答えるような子だったら何やっても好意的に捉えられるけどさ、私みたいなのは一挙手一投足に気を遣わないとすぐにクラスカーストから転落して最下層に、そしてそのまま誰にも見向きされないまま学校を──」
「どうしてそうすぐにネガティブな方向に思考が向かうの……茜が思っているよりも…………」
「ん?」
「……茜は可愛いわよ」
……ちょっと、言ってから黙るのやめてよ!? 頬を赤く染めないで、視線を私から外さないで! 自分から言ったくせにそんな反応されたらこっちまで恥ずかしくなるんだから……顔あつー。
それから私たちは互いに何も言い出せないまま、いつもより少し足早に通学路を歩いた。
昨日のことを聞ける雰囲気じゃなかったから仕方ないとはいえ、正直モヤモヤは残ってしまう。詩織ちゃんが本気だってのは、念入りに言われたおかげでわかっているけれど……正直まだ実感が湧かない。
そんなふうに色々に考えていると、ようやく校門が見えてきた。人も多くなってきたから手を離そうかなと思ったら、何故か詩織ちゃんががっしりと掴んできた。
何故? そう質問しようとした瞬間、後ろから可愛らしいアニメ声が聞こえてきた。
「あっ、あかねっちとしおりんだ。おはよー」
「うぇっ!? あ、おはよう青葉さん」
同じクラスの青葉萌さんだ。ピンクのインナーカラーと黒髪が特徴的で、私は密かにアポロさんと呼んでいる。
私みたいな陽キャの皮を被っただけの陰キャとは違って、根っからの陽キャ様だからちょっとだけ苦手だ。アポロさんが悪いとかじゃなくて、私の化けの皮が剥がれそうだからという意味で。
「うーん……ふむふむ」
「な、なんでしょうか」
「いや、前々から仲良いなぁとは思ってたんだけど……」
「は、はい」
「……2人って付き合ってんの?」
「はい!?」
「いやいやいや、ずっと言いたかったけど親友だからって普通手を繋いで登校しないっしょ! 恋人かってのー!」
「こいびっ!?」
「そうね、私たちは恋人みたいなものね」
「詩織ちゃん!?」
手を離さなかったのってこれが目的か! こいつ、学校の中じゃ噂なんてすぐ広まるってこと理解した上でこんなネタにしやすようなことを……やはり策士、学年上位は伊達じゃなかった!
とりあえず弁明しないと、私と詩織ちゃんはまだ恋人じゃないしただの親友なんだから…………まだってなにさ!? まずい、無意識に詩織ちゃんと恋人になるルートがあるって意識しちゃってる!
「い、いやだな青葉さん、手を繋ぐなんて普通だよ。いやまあ友達同士ならまだしも……親友だよ? 親友ってほぼ家族と同じランクの位置付けじゃん、自分の命と天秤にかけて親友の方に若干の傾くくらいの重さでしょ」
「えっ、あかねっちの中での親友の価値高すぎない? ちょっとこわいんですけど。まあいいや、そんじゃ私は用事あるからお先ー」
「あ、うん……」
誤解、解けたよね……? まあ多分大丈夫なはず。アポロさんは陽キャだけど良い陽キャだから、休み時間に占領した席はちゃんとお礼を言ってから返すし、班分けで余った人をも快く受け入れてくれるんだ……全部妄想だけど。
「満足した? いい加減に手を……ちょ、離そう!? ねえ無言で歩き出さな──力強っ!? え? もしかしてこのまま教室行くつもり? 目立つって、ただでさえ目立つのに変な噂立つって!」
この女、予想以上にパワープレイするな!?