プロローグ
オレの身体だけど、オレの身体じゃないみたいだ。
まあ、それはそうか。だって魔族のオレに無理に拵えた人間の器だから。この魂に簡単に馴染むわけもない。
すぐに息が切れる。握力が足りない。脚力も、腕力も。柔らかな肌は容易に傷を受ける。
痛い。
弱すぎ。
「ねえ、なんでこんな動けないわけ? この人間の身体!」
オレはその場にしゃがみ込んで文句を紡ぎ続ける。
「人間の群れ、見たことあるけど、みんな重たそうな鎧着ながらずっと歩いてたよ。大きな武器だって軽々振るってた」
オレより一回りは小さい人間、の見た目をした元魔族が振り返って答えた。
「それは兵士でしょう。普段から鍛えているんですよ」
「村の人間も朝から晩まで土を掘ったり木を切ったりしてたっぽかった!」
「健康な男性と妙齢の女性じゃあ身体能力に大きな差がありますから。比べたって仕方ありません」
「なにそれ。諦めろってこと?」
「もう一度魔族と人間の転換薬を飲んでみますか?」
「なにそれ。そろそろ身体が爆ぜるんじゃない?」
想像して柔らかい腕をさすり上げる。
この弱い身体は、オレの身体じゃない。というと語弊があるのかも。もともと魔族だったオレたちは、魔族と人間の転換薬を飲んで人間になった。
思い通りに動くし痛みも感じるようになってしまったから当然偽物ではないけれど、謂わば嘘の身体だ。
「あーあ。どうせならものすごく鍛え抜かれた強い身体だったら良かったのに」
オレが未だに不平を投げるからか、目の前の子どもの身体をした元魔族はたんと不満気に足を鳴らした。
「高い身長に長い手足。聖なる力だって恐らく人並みにはある。……子どもですよ? 知ってますか。子どもですよ? こちらは」
「うん……」
「まだ何か言いたいことでもありますか?」
「うん……もう一回魔族と人間の転換薬飲む……?」
二人の間に冷たい風が吹いた。
さて、どうして魔族であったオレたちがわざわざ人間になったのか。
それはこの子どもになってしまった元魔族が、まだ魔族の時にオレに告げた言葉から始まる。
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魔王は、勇者に倒されていません。
人間に殺されたんです。
オレを訪ねてきた魔族はそう告げた。
いやいや待ってよと、オレはこの目で勇者と対峙する腹に穴の空いた魔王を見たと意を唱えたが。
その穴は、勇者が貫いたものではありません。
人間は、どうやら魔族と人間の種族を転換させる薬を秘密裏に完成させたようです。
え、を無意味に落っことすことしか出来ないオレに、その魔族は話を続ける。
魔族に転換した人間が、勇者と戦う魔王を、後ろから殺したのです。
勇者は、僕たち魔族の復讐により死にました。
しかし、それをした卑怯者がまだどこかで生きています。
魔王を殺した卑怯者を探しに行きませんか。
今度は僕たちが、人間になって。