全力で拒否される
「陛下、とにかく落ち着いて下さい。話しましたよね? 彼女は、ウォーターズ帝国軍がわが国に迷い込んだお詫びだということなのです。皇帝は『特殊な力を持つ生贄だ。受け取って煮るなり焼くなりしてくれ』と言っていますが。ようするに政略結婚ということになるでしょう?」
「パーシー、バカにするのもほどがあるだろう? おれがここにやって来たから、慌てたに違いない。ウォーターズ帝国軍がわが国に侵入したのも、迷ったとか誤ってではない。おれたちがなにも言わないことをいいことに、あわよくばルビーを奪ってしまおうということだろう」
「ハッハハ。陛下の言う通りでしょうね。連中は、なにせルビー鉱山の近くをウロウロしていたのですから。しかも、帝国軍はルビーの鑑定士と商人まで連れていたそうです」
「笑いごとか、チャーリー?」
「パーシー、そんなに怒るなよ。おれにあたっても仕方がないだろう?」
彼らの会話は耳に入ってくる。耳だけは緊張や不安には関係なく機能してくれている。
というか、いったいどういうことなの?
祖国ウォーターズ帝国軍がオーディントン国の領土を侵害し、一方的にわたしを生贄に差し出したわけ?
しかも、領土を侵害した理由がルビー鉱山を手に入れる為?
皇帝であり元夫であるネイサンのブヨブヨした顔が脳裏に浮かんだ。
(強欲な彼が考えつきそうなことね)
溜息が出そうになった。彼の愚かさに呆れ返ってである。
ネイサンは、オーディントン国の国王みずから国境近くにやって来たことを知り、慌ててご機嫌取りをしたのだ。
というか、それだったら生贄でわたしを差し出すより、もっと価値のある高価な物でも贈ればよかったのに。しかも「特殊な力のある」だなんて嘘までついて。
ほんと、離縁されてよかった。
他人のことを悪く言いたくはないけれど、彼はあまりにも愚かすぎる。
その彼のせいで自分がここにいることを忘れ、あらためてホッとしてしまう。
「とにかくです、陛下。いまさら追い返せますか? 生贄などという非人道的な表現はともかく、素敵な花嫁を紹介されたと考えれば、なんら問題はありません。陛下にとっては、これは願ってもないチャンス。なぁおまえもそう思うだろう、チャーリー?」
「ああ、パーシー。ふだんは気が合わないが、今回は同意するよ。レディ、さぁこちらに。おれが紹介します。陛下。こちらは、サエ・アンダーソン令嬢です」
チャーリーがわたしの手をひっぱって、前に立たされてしまった。
顔を上げることが出来ないまま、国王の鋭い視線を感じずにはいられない。
「ほら、レディ。顔を上げて、陛下を見て下さい。ごつくてむさ苦しいですがね」
パーシーにささやかれたけれど、そんなこと出来そうにない。
「生贄だろうが政略結婚だろうが関係ない。おれには妻など必要ない。レディなど、側にいるだけで鬱陶しい。さっさと送り返せ」
消えてしまいそうな状態の中、国王の非情かつ無情な言葉が突き刺さる。
(そうよね。なにもわたしなんか妻にしなくても、この国には大勢の素敵なレディがいるもの)
どこか他人事のように納得してしまう。