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お腹の虫と双子の将校

「な、なんてこと」


 馬車は、静かに走り続けている。


(腹の虫が鳴ったの、きこえたかしら? きこえなかったわよね? 自分の耳には大きくきこえただけよね?)


 ヒヤヒヤしつつ、窓の向こうの彼らをそっとうかがった。


「よかった。いまの腹の虫の騒ぎようなら、そのバスケットに入っている量ならば余裕で食えそうですね」

「ああ、たしかに。レディ、もっと早く声をかければよかったですね。さぁ、どうぞ。とりあえず食って下さい」


 恥ずかしさで顔から火が出そう。


 だけど、急激に減ってきたお腹をこれ以上抑えることは出来ない。


「いただきます」


 素直にいただくことにした。


 そして、一心不乱に食べた。




「レディ、いかがでしたか?」


 お腹がいっぱいすぎる。


 なにせバスケットに入っていた食べ物すべて平らげてしまったから。


 背中を座席の背にあずけ、一息ついた。


 そのタイミングで、金髪碧眼の美貌が馬車内をのぞきこんできた。


 その間も馬車は走り続けている。


 国境までの雇われ馬車の馬は、こき使われすぎ、疲れすぎているようだった。年老いているのもあるのかもしれない。すぐに走る速度が遅くなり、ムチでぶたれていた。おそらく、それが度重なるものだから、ついには馬が動けなくなって馬をかえなければならなかった。老馭者がそのようなことを言っていた気がする。


 しかし、軍馬は違うみたい。ずっと同じ速度で走り続けているのはさすがである。


「ええ、食べすぎてお腹がいっぱいです」

「それはよかった。腹がいっぱいになったら、気分もよくなりますからね。眠くなる前に、自己紹介させて下さい。おれは、陛下の参謀兼側近のチャーリー・トルーマン。こっちは陛下の荷物持ちの筋肉バカのパーシー・トルーマンです」

「レディ、パーシーです。よろしくお願いします」


 窓に顔を近づけ、二人を見てみた。


『なんだよ、まったく。またお茶目ないたずらってやつ? くだらないったらないよな。兄貴の奴、おれと兄貴の名を交換して伝え、あとから混乱させようって。まるでガキだな』


 そのとき、そんな声がきこえてきた。


 すごく違和感のあるきこえ方に、左右やうしろを振り返ってしまった。


 耳から入ってきたというのではなく、直接頭、もしくは心にささやかれたようなきこえ方だった。


『あとでレディは、おれたちのことで混乱しまくるぞ。ささやかなイタズラだが、だれかが慌てふためいたり混乱するところを見るのは面白い。やめられないよ』


 またきこえてきた。というか、直接ささやかれた。


 再度、左右やうしろを見てしまった。


 この馬車には、わたししか乗っていない。当然、だれかがいるわけはない。


(いったいなに? いまのは、なんだったのかしら? わたし、疲れているのかしら? そうね。疲れているのね)


「レディ。あなたを陛下のもとにお連れします」

「ありがとうございます。えーっと、パーシーさんですよね? それから、そちらはチャーリーさん」


 なんとなく、ささやかれたことの方が真実だと思った。だから、そう確認してみた。


「えっ? おれは、チャーリーだと……」

「あの、お二人は双子ですよね? 双子に初めて会いました。そっくりですよね、パーシーさん?」

「だから、おれはチャーリーだと……」

「パーシーさんがお兄さんですか?」

「あの、レディ。ですから、おれはチャーリーだと……」

「兄貴、いいじゃないか。レディに対して失礼だ。おれたちの名など、レディにとってはどうでもいいんだよ」

「くそっ! おれのささやかでお茶目ないたずらの邪魔をするな。まぁ、いい。レディ。きき間違いをしています。おれがチャーリーだと名乗りました」

「ですが、あなたはたしかにパーシーだと……」

「ええ? パーシーなどとは名乗っていませんが」

「ですが、たしかにささやかれたのです」


 困惑した。それは、向こうも同じみたい。


「とにかく、申し訳ありません。悪意があったわけではないのです。初対面の人に名乗る際は、いつも逆に名乗り、あとでその人が混乱するのを見るのがささやかな楽しみなのです」

「ったく、悪趣味以外のなにものでもない。兄貴、レディは疲れている。腹がいっぱいになったら、眠くなる」

「そうだった。レディ、あともう少しで到着です。到着まで、ひと寝入りしてください」


 お言葉に甘えることにした。


 というか、背もたれに背中をあずけて瞼を閉じたら眠ってしまっていた。




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