オーディントン国軍に引き渡される
馬車は、先程までと同じように森の中を走り続けている。
先程までと違うのは、馬車の豪華さ。迎えに来てくれた馬車は、祖国ウォーターズ帝国の皇族の馬車よりもずっとずっと立派である。派手ではない。どちらかといえば地味である。
馬車に乗る前、馬車に二頭の狼の紋章が刻印されていることに気がついた。
それがオーディントン国の王族の紋章に違いない。
馬車を囲むようにして、騎馬兵たちが走っている。
複数の騎馬の息遣いがきこえてくる。それが、月明かりのない薄暗さを強調している。
先程までと違うことはまだある。
それは、馬車の振動が少ないこと。
馬車じたいの大きさが違う。だから、そもそものつくりがしっかりしているのかもしれない。それから、走っている道も石ひとつないきれいな道なのかもしれない。
そして、馭者を務めている兵士の腕が違うのかもしれない。
とにかく、驚くほど揺れや振動がない。
(いったい、どこに向かっているのかしら)
黒い影が流れていくのをボーッと見つつ、どこに連れて行かれるのか不安になった。
(そうよね。どうせ生贄なんだし、悪いことはあってもいいことはない。ここはもう頭の中を真っ白にし、起こることを素直に受け入れよう。その方がきっとラクだから。下手に抵抗したり悲嘆に暮れる方が、よほど労力を使うから)
いわゆるやけっぱち状態である。
そのとき、騎馬兵が二人馬車に騎馬をよせてきた。
まるでそれを空から見ていたかのように、タイミングよく月が雲の間からあらわれた。
いままでが暗かったこともあり、突然降り注ぎ始めた月光がやけに眩しく感じられる。
おもわず、目の前に掌をかざしていた。
「レディ。長旅でお疲れのことだと思いますが、到着までまだもう少しかかります。いましばらく馬車内にておくつろぎください」
月光に目が慣れてきた。
目を細めて声をかけてきた騎馬兵を見た。
声をかけてきた騎馬兵もその向こう側に並んで駆けている騎馬兵も将校服に精悍な体を包んでいる。
なにより、その顔である。
二人ともそっくりなのである。
(双子ね。初めて見たわ)
祖国ウオーターズ帝国では、なぜか双子や三つ子の出生率が低い。当然、わたし自身これまで見たことがなかった。しいて言うなら、書物の中の登場人物に触れたくらいかしら。
だから、本物は初めて見たことになる。
「ありがとうございます」
窓に顔を近づけ、礼を言った。
「お気づきになられましたか? 座席の上にバスケットがあるでしょう?」
彼の金髪は、月光を吸収してキラキラ光っている。そして、碧眼は深い深い湖のような穏やかさを讃えている。
そんな彼の瞳から視線を馬車内に移した。
たしかに向こう側の窓の座席の上に布巾をかぶせたバスケットらしき物が置いてある。
「腹が減っていませんか? 布巾を取ってみて下さい。食っていただいていいですよ」
向こう側の彼に勧められ、お尻をずらして近づくと布巾を取ってみた。
馬車内には、いまや月光溢れている。
その光の中、バスケットの中に白パンと砂糖パンと堅パン、葡萄酒の瓶、水の入っている瓶、数種類のチーズ、四種類のフルーツが入っているのが見えた。
「まぁっ!」
驚いた瞬間、「グルルルルル」とお腹の虫が盛大に騒ぎ始めた。