気を失っている間に運ばれている?
体が痛い。
やっと瞼を開けることが出来た。
「ここは、どこ?」
揺れがひどい。
すぐにわかった。馬車の車内だということが。
焦点がじょじよに定まってきた。見えているのは、馬車の天井みたい。
どうやら、馬車内で仰向けに転がっているらしい。
馬車の床の上に、である。
起き上がろうとして、自分が座席と座席の間にスッポリはまってしまっていることに気がついた。
座席から転がり落ちたのかしら?
というか、どうして馬車に乗っているわけ?
「アイタタタ」
状況が分からなさすぎる。
痛みを我慢して起き上がったものだから、痛みに耐えかね小さく声が出してしまった。
「気がついたか?」
馭者台からだみ声がきこえてきた。
「こんなガタつく馬車でよく眠れるもんだ。昨夜から今日一日中馬車を走らせているおれの身にもなってもらいたいもんだ。馬を三度もかえなきゃならなかったんだぞ。まぁ、金貨二枚にはかえられんがな。もうすぐ国境だ。やっとおまえを放り出せる」
だみ声はそう一方的に告げた後、いっさいきこえてこなかった。
痛みをこらえつつ座席に座った。
じょじょに記憶が戻ってきた。
(そうだわ。大階段で義姉に……。気を失ったのね。でっ、なぜ馬車に?)
問わずにはいられない。
先程の馭者の言葉を思い出し、推測する。
(国境ということは、オーディントン国に向っているのね。それで、この馬車は?)
馬車内を見渡してみた。
窓外は真っ暗で、木々が黒い影となってつぎからつぎへと流れていく。
(この馬車は、雇われたか何かかしら? わたし、この馬車でオーディントン国に運ばれているのね)
そう結論付けた。
義姉に階段からひっぱり下ろされ、気を失ったわたしを雇った馬車に放り込み、隣国へ運ぶ。
これらは、ひどい話に違いない。
だけど、どうでもよかった。
なにせ自由になれたのだから。
(でも、ちょっと待って。生贄、よね? だったら、また違う意味で自由が奪われるのよね?)
そんなことくらい冷静に考えなくてもわかる。
(首領って言っていたっけ?)
オーディントン国の人たちは、盗賊や山賊や海賊といったあらゆる賊を先祖に持つらしい。いまだにその強さは健在で、オーディントン国軍はこの大陸最強と言われている。
彼らは他国との付き合いがほとんどなく、情報はほとんどない。それでも、その強さからいまの国王は「野獣王」と呼ばれている。
国民性じたいが残忍で狡猾。
それがわたしたちの彼らに対する定説になっている。
わたしは、そんなところに生贄に行くわけで……。
(大丈夫なの、わたし? ヘラヘラ笑いが彼らに通用するかしら?)
自分自身に問うたとき、馬車が停止した。
「さっさと降りろ。奴らが近づいてくる。殺されるのはごめんだ」
馭者が扉を開け、わたしの腕をつかんだ。
激痛が全身を駆ける。
悲鳴はガマンした。
小柄な初老の馭者のうしろに、いくつもの騎影が見えたからである。
みっともないことはしたくないし、きかせたくない。
わたしは、月明かりのまったくない闇夜にオーディントン国に引き渡された。
生贄として、祖国ウオーターズ帝国から永遠に去ることになったのだ。