マイナスの感情。
「憎しみ、悲しみ、嫉妬、そんなマイナスの感情が大きければ大きいほど、人の心、魂は負に染まるの。マイナスに染まった心は簡単に魔に侵食されるわ。だからアリーシア。あなたはそんなマイナスの感情に呑まれないで。約束よ……」
幼い頃に何度も何度も聞かされた言葉。
お母様のそんな言葉が頭に響く。
怖くて怖くて。
お母様が病に伏し、そしてお亡くなりになった時。
わたくしはその言葉とともに自分の感情を、記憶を封印した。
だって、そうでもしなければ周り中を憎んでしまいそうだったから。
だって、お父様のことも義母さまのことも、兄様だってマリアーナのことだって、憎んで憎んでどうしようもなくなりそうだったから。
わたくしの中にあるマナ、それが暴走してしまいそうだったから。
そっか。だからわたくしは、感情を殺した、んだった。
ずっと不幸だったお母様。
悲しんで悲しんで、わたくしにいつもそう泣いて嘆いていたその記憶ごと。
♢ ♢ ♢
負の感情が高まった時、人の心は真っ赤に染まり、魔に侵食される。
それがすんなり腑に落ちた時。わたくしはそんなお母様の言葉をはっきりと思い出していた。
目の前のトマスは魔人に変化していた。
心の奥が真っ赤に染まって結晶になって、それがまばゆく光っているのが皮膚越しにわかるくらい。
『魔國大黄粉』
そんな名前が頭をよぎる。
少量なら疲れも取れるし体力も回復する。
でも、中毒になる程大量に摂取してしまうと、動物が魔獣になったように人も魔族、魔人と化すのだと。そんな危険な薬物の名前。マクギリウスが今調べているそれ、を。
そうか。やっぱり。
今の魔人騒ぎはこれが原因。
トマスは心が病んでしまっているように見えた。
彼が大黄粉を摂取していたのは間違いない。それも、中毒になるくらい繰り返し。
いきなりモンスター化し暴れ出したトマスに皆は恐怖しパニックになっていた。
「みなさん落ち着いて。風の結界をはりました。この中にいれば安全です! どうか落ち着いてください!」
野獣のように目を見開き歯を剥き出しにして暴れ出したトマスから周囲の避難民を守る。
わたくしにできること、まずそれを。
そう思って手のひらに握り込んだ風のアウラの魔法陣が刻み込まれたお守りに自分のマナを込めた。




