感情。
「まさかあなた様がアリリウス商会を経営なさっていただなんて。ああでもそれなら理解できます。エリカティーナをあっという間に立て直した手腕、他の誰でもないあなたさまだったからこそ可能だったのでしょう。申し訳ないですがセバスさんにそこまでに力量があるとは信じられませんでしたから」
目を輝かせそういうトマス。
でも。
「どうして、ここに? トマスさん」
「はあ、おかしなことをおっしゃいますね。ここは私共が経営する店舗でございますよ」
「だって。あなたは今ブラウド商会の支配人的な立場でお仕事されてるのでしょう? なのに何故? 今このタイミングでここにいらっしゃるんですか!?」
偶然、にしては出来過ぎだ。
それに。
一応ブラウンのかつらをつけてメガネで変装しているわたくしをアリーシアだと見破るのなら、きっとここにきてからずっと観察されていた可能性だってある。
「ああそれなら、俺が話していたからかな。アリリウス商会が接触してきたらぜひ教えてほしいと言われていたからな。今日訪ねてくるってのも伝えてあったし」
え?
「どうして!」
「それはそうでしょう。エリカティーナの時はまんまとしてやられましたけど、もともと下町の工房はマギアアリアではなくブラウド商会として取引をしていましたからね。ほら、あなたさまが直接出向いて育てた工房主たちですよ? そう簡単にブラウド商会を裏切るとお思いですか?」
あああああ。
そうか。
そうなんだ。
工房主たちが色よい返事をくれなかったのは、ブラウド商会に、言うなればわたくしアリーシアに恩義を感じてくれていたからなんだ。
それを失念してた。
そっか。ほかの商会に買われたマギアアリアはもう彼らにとってはただの取引先の一つにしかすぎない。
昔から取引してるブラウド商会側に傾くのは当たりまえ、だった。
昔と同じ感覚で声をかけてもダメなのは当たり前だったよね。
お仕事、だけで、感情、を本当の意味で理解してなかったわたくしの落ち度だ……。
そう言う意味ではエリカティーナの時はセバスが前面に出て交渉してくれたから、それがよかったのかもしれない。
まだブランドが売られたばっかりの時期、それまでと同じセバスが来たんだもの。
繊維街の人たちにしたらブラウド商会じゃ無いって意識も少なかったかもしれないし。
「お嬢ちゃんがアリーシア様だってわかってたら、最初っから二つ返事で協力してただろうけど……」
ラウールさん……。
そっか。わたくしを慕ってくれていたからこそ、アリリウス商会に協力するのを渋っていた。
皆、そうだったのね……。
ああわたくしはバカだ。そんなことにも気がつかなかった。
「アリーシア様、どうかブラウド商会に戻ってきてはもらえませんか? もう、限界なんです。どうか……」




