家を出ること。
♢ ♢ ♢
ラインハルト様が指し示したのはわたくしが即時家を出ること。
周囲にもそう根回しをしていたのか家人の皆はよそよそしく遠目で様子を窺っているだけ。
エルグランデ家から連れてきていた数人だけがせわしなく引っ越しの準備に取り掛かっていた。
「だから言わんこっちゃない。お嬢は甘すぎる」
ぶつぶついいながらも重い荷物を率先して運んでくれているマクギリウス。
「そうですよ。こうなったら王国祭で思いっきり綺麗に着飾って見返してやりましょう」
と、フィリアも。
そんな二人の優しさに感謝しつつも、目をまだ真っ赤に泣き腫らしたままのわたくしは、
「ありがとうね。ごめんね……」
と言いながら手を動かすしかできなかった。
「まぁ。そんなに泣くな。お嬢は笑っていた方が可愛いんだから」
あんまり泣き腫らしたままでいるわたくしを見かねたのか、マクギリウスがそう頭を撫でてくれた。
ああ、でも、わたくし、そんなに笑った顔、マクギリウスに見せた事なかった気がするのに。
ちょっとこわもてだけど、こういうところは優しいんだな。
頭を撫でられながら、そう心の奥底が温かく、嬉しく思えて。
そんなマクギリウスとこうして気さくにお話しできるのも、もう無いのかもしれないと思うと少し寂しくなった。
身の回りだけを片付けるだけで日が暮れてしまい、残りの荷物はマクギリウスに任せフィリアと先に馬車に乗りエルグランデ家の屋敷に帰る。
一応、お父様には早馬で知らせてあるけれど気が重い。出戻りのわたくしなんかを快く迎え入れてくれる人なんかもうあの屋敷には残っていない。
最近は、お祖父様は領地に篭り切りだというしわたくしが10歳の時にフランソワお母様が亡くなったあとはリブラン兄様と妹マリアーナの母様であるデリア義母さまが公爵家を取り仕切っているから。
お母様が亡くなってからも数年は一応わたくしは第一夫人の子だからと、デリア義母さまも気を遣ってはくれていたけれど、今や出戻りの身。
快く思ってはくださらないだろうというのは想像がつく。
早めに家を出る算段をしなければ、かなぁ。
いっそのこと、外に出て暮らしましょうか?
そんなふうにも思うけれど、先立つものも無い身ではあまり自由も利かない。
フィリアやマクギリウスのことにしてもそうだ。
今は、わたくしについていてくれるけれど、もう彼女らに支払う給金も自分の意思で用意することもできない。
一応フィリアや他の侍女の面々はもともとエルグランデ公爵家の家人であったから、戻ってもそのままの立場は維持できるだろう、けれど。
その采配は当然デリア義母さまに委ねられることとなる。
マクギリウスにしても。
元々彼はトランジッタ家を立て直す為にお祖父様が寄越した人。
エルグランデ家に帰ったらきっと別のお仕事が与えられるんだろう。マクギリウスは優秀だから、どんな仕事でも苦も無くこなしてしまうだろうけど。
どちらにしても、もう今までのようにはいかないよね。今までのように気安くお話しもできないよね。そう思って悲しくなって。
今回の王国祭への出席はラインハルト様がそう望んでいるだろうから行かなきゃダメなのだろうけど、それ以上、社交で次の旦那様を見つける気力は無い。
かといって黙って屋敷にいても勝手に望まない再婚相手を見つけてこられそうでそれもごめんなさいだ。
もういっそのこと、お父様やお祖父様にはお伺いを立てないとかもだけれど、修道院みたいな所に身を寄せるのも良いのかもしれない。
修道院、教会、そういう場所で働いた方が気持ちも落ち着くかも。
うん、そうしよう。
それしかないかも。
そんなふうに思えてきたところで屋敷に到着した。