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あなたがそうおっしゃったから。

「君を愛することができなかった」


 唐突にそうおっしゃったのは、わたくしの夫でありトランジッタ侯爵令息であるラインハルト・トランジッタ。

 その声は涼やかで、発した言葉にも毒があるとは思えないような印象を聞くものに持たせる。

 でも、違う。

 その言葉に込められた棘は、わたくしの心に確実に刺さり、決して抜けることのない呪いの楔となって。


 夕刻ではあるけれどまだ陽は完全には落ちていない。山肌が薄紅色に染まり、冷たい風が降りてきていた。

 テラスでのお茶の時間。夫婦揃っての午後のまったりした時間を引き裂くように、そう呟いた旦那様。


「どういう、ことでしょう?」


 と、それだけを口にする。

 さっきまで口をつけていたカップを置いて、彼の顔を覗き込むわたくし。


 いくらなんでも今のセリフは唐突すぎる。

 わたくしに何か悪いところがあるのなら、そうおっしゃってくださればいいのに、と。


 元は両家のお爺さま同士が決めたいわゆる政略結婚ではある。

 そこに、恋愛という文字は無かった。それは間違いがない。

 それでも、幼い頃よりこの方だけと、そう言い含められて育ったわたくしにとって、愛だの恋だのという俗世間の出来事よりも彼ラインハルト様に尽くすことの方が大事だった。

 いえ、わたくしにとってはそれが全てであったのだ。


「その通りの意味だよアリーシア。私は君を妹以上に見ることができなかったんだ」


 そう、思い詰めたように言葉を吐き出した彼。


 そうか。

 旦那様は。

 そうか。


 愛はなくても結婚生活は続いていく。

 貴族の結婚なんて所詮そんなもの。

 家同士のつながりさえあれば問題ないのであれば、そこに愛なんてものがなくってもしょうがないのかも、知れない。

 一瞬でそこまで考えたところで、息を大きく吸って、とめた。

 何かを隠している?

 ううん、この旦那様の言いようは、きっと。


「愛がなくても——、わたくしは旦那様に尽くす為に生きて参りました。それはこれからも変わらず——」


「ダメだ!」


 大きな声で、わたくしの言葉をさえぎるラインハルト様。


「でも……」


「君はもっと自由に生きるべきだ。いや、私なんかではなく、もっと君にふさわしい相手と恋をするべきなんだ」


 真剣な眼差しでそうおっしゃるラインハルト様。

 おっしゃっていらっしゃることはいかにもわたくしのためと、そう言わんばかりではあるけれど。



「それは、わたくしを離縁すると、そういうことなのでしょうか?」


 それでも確認せずにいられない。

 彼の口から聞かなくては、納得ができない。


「幸いにも私たちはこの三年、白い結婚のままだったからね。その事をおおやけにすれば君の経歴にも傷は残らないだろう?」


 え?


 だってそれはあなたが。

「君はまだ幼い、私は君を大事にしたいのだ」

 と、そうおっしゃったから。


 わたくしたちが婚姻を結んだのはラインハルト様が18になった歳、わたくしはまだ14歳だった。

 だから、彼のその言葉を疑いもせず信じたのに。

 それがまさか、3年後にこんなことをおっしゃるだなんて。



「わかりました」


 そう一言だけ云って、わたくしはうなだれる。

 彼にはもうわたくしの言葉なんて届かない。そう、思ってしまったから。

 そのまま席を立ち一礼すると、わたくしは自室に戻ることにした。


 離婚の為の手続きやなにやらはもう明日にしてもらおう。

 今のままのこの精神状態ではとてもこれ以上の話はできない、そう思って。


「離婚の手続きの話し合いは明日でもよろしいでしょうか?」


 最後にそれだけ云うと彼は笑みを浮かべながら頷いた、けれど。

 その笑顔を受け入れることはわたくしにはできなかった。



 

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