2.マリス・アーシェリーは決意する
アゼル・エデルフォンは、私がかつてプレイした乙女ゲームの攻略対象だ。
タイトルは『フォーチュン・セプテット』。
攻略対象は7人いて、当然のように全員が美男子。
そしてヒロインの容姿は、私の可愛い妹と全く同じ。
こんな偶然があってたまるものかとわめき散らしたい衝動に駆られる。
『フォーテット』は私の乙女ゲー史上で最悪の作品なのである。
キャラデザは攻略対象ヒロイン共に良く、プレイするのにも一切問題はなく、肝心の個別ルートが金太郎飴なんてこともない。
キャラとヒロインが惹かれ合う過程も丁寧。
スチルを出すシーンの見極めも、そのクオリティもしっかりしていた。
サブキャラクターにルートはないが、攻略できないバグはよくあることだ。仕方がない。
きちんと作り込まれたゲームなのに乙女界隈でクソゲーのレッテルを押されてしまっている理由はただひとつ。
どのキャラクターのルートにも、ハッピーエンドが存在しないからである。
例えば、今目の前にいるアゼルのルート。
手袋をしている時点で露骨だが、アゼルは直接他者に触れることができない。
その固有魔法が亡き父と同じ“融解”であり、本編開始時には既に発現しているからだ。
アゼルは従者として仕える内に彼女に恋情を抱くようになるが、触れることすら叶わない事実に苦しむことになる。
それでもやっと想いを通じ合わせられるという時、ヒロインの能力“強化”が発現し……という内容。
それから二人は近付くことすら出来なくなり、どのエンディングでも悲惨な結末を迎える、というのが簡単なアゼルルートのあらすじだ。
エンディングリストを確認し、ギャラリーを確認し、おまけまで確認したが……二人の幸せはどこにも見つからなかった。
最初に攻略したのが共通ルートで優しかった彼だった分、酷くショックを受けたのを覚えている。
『フォーテット』のキャッチコピーは“例え恋を失っても、あなたを”。
恋どころか融解心中でどちらも命を失うエンドがあったし、扱い的にはそれが正史らしかった。
ifを描いた続編ですら徹底的にバッドエンドしかない。
あらためて、とんでもない乙女ゲームであった。
デフォルトネームがなかったからといえ、幼いリリーがゲームの特徴そのままの可愛らしい容姿をしていることに気付かなかったのは、完全クリアした後に苦々しい記憶として封印していたからだ。
しかし目の前に特徴と立場が一致する攻略対象が現れたなら、もう認めるしかない。
この世界が『フォーテット』の世界で、リリーがそのヒロインであることを。
私にできることはひとつだけ。
他の攻略対象との出会いを極力防ぎつつ、リリーの悲劇しかない結末を変えることだ。
アゼルが可愛いリリーを好きになるのはもうどうしようもない。
だから姉である私にできるのは、妹が幸せな恋をできるように全力でサポートすること。
できればアゼル以外、というか攻略対象外が良い。
アゼルは好青年だが、幸いリリーが彼を意識するのは学院に入って以降だ。
今すぐにどうこうなる可能性はない。
すると目先の問題は、隠しの……
「お姉さま、どうかなさったの?」
難しい顔で考え込んでいる私をリリーが心配そうに見ている。
アゼルはその隣で、少しだけ居心地悪そうにしていた。
「ああ、いいえ。何でもないの。
あなたの名前はアゼル、よね?
庭に出る前にお父様からお聞きしたから、知っているわ」
もっともらしい嘘に二人は納得したようだった。
「えっと……初めまして。
この度リリエット様の従者に就任させていただきます、アゼル・エデルフォンといいます。
よろしくお願いします、マリス様」
「……ええ、よろしく。妹のことをお願いね」
「あっ、はい!それはもちろん!」
リリーをちらりと見やり、すぐに目を逸らすアゼル。
アゼルの好みにぴったり当てはまる女の子だから、既にいくらか意識しているのだろう。
本当にゲームと同じだった。
「屋敷にいて分からないことがあったら、何でも聞いてね」
「わ、分かりました」
「アゼル、“私には敬語はなし”って言ったでしょう?」
「ちょっと……まだ慣れなくて……」
見ていて微笑ましくはなるけれど、あなたにリリーを渡す訳にはいかないの。
それもこれも全部リリーのため。
笑顔のリリーに純白のドレスを着せてあげられる男しか、私は認められないのだから。