1.マリス・アーシェリーは気が付いた
乙女ゲーム。
様々な種類や世界観はあるものの、複数の攻略対象がおり、主人公であるヒロインが彼らを攻略、エンディングを迎えるというフォーマットは変わらない。
プレイヤーのタイプは大きく分けて二つ。
ヒロイン=自分として攻略対象と恋する者、自己投影派と、ヒロインをいちキャラクターとしてその恋愛を見守りながら楽しむ者、非自己投影派。
私、葉摘万理子は後者だった。
様々な個性のヒロインが、多種多様な攻略対象と恋をするのを、恋物語を読む感覚でプレイするのが好きだ。
一喜一憂しながら絆を育み、幸せになる姿を見るのが好きだ。
信号無視のトラックが目前に迫る中、今までプレイしてきた乙女ゲームの好きなシーンが蘇っていく。
ああ、もし。もしも願いが叶うなら。
来世はどうか、乙女ゲームのヒロインの周りのモブAになりたい──。
強い衝撃と激しい痛みに苛まれ、そこで私の意識は消失した。
■■■
眩しい光を感じ、目を開く。
どうやら庭で眠りこけていたらしい。
風に揺れる木々。
穏やかな昼の午後に、ひどく懐かしい夢を見てしまった。
マリス・アーシェリー。
前世の事故で命を落とした後、魔法が存在するこの世界に転生。
名門マーシェリー家の娘として生を受けたのが私。
物心ついた時から前世の記憶がある、なんて人に言える訳もなく。
何も知らない優しい両親からの愛を受け、すくすくと育っている。
そしてそんな私には、何より大切な“たからもの”があった。
「マリーお姉さま、こんなところにいらしたのですね」
柔らかな声に名を呼ばれる。
スカートをふわりと揺らしながら駆け寄ってきた声の主を見て、私は自然と頬が緩んだ。
「リリー。今は紅茶の時間ではないの?」
艶やかな銀髪を風になびかせ、赤い瞳をきらきらと輝かせる美少女。
「その、お姉さまにお話ししたいことがあって……」
“こっそり抜け出してきちゃいました”と。
私の可愛い双子の妹、リリエット・アーシェリーは微笑んだ。
純真無垢を絵に描いた天使のような幼い笑顔。
幼い頃、前世の記憶を引きずって他人との距離を取っていた時期があった私にも、構わず接してくれた優しい妹。
こんなの可愛がるなという方が無理だろう。
私が屋敷に戻るのを待ちきれずにわざわざ庭までやってくるなんて、リリーは本当に姉心をくすぐってくれる。
「それで、話したいことって何かしら」
「その……わ、私にも従者ができたんです!」
「従、者……」
嬉しそうに報告してくるリリーに、私は内心で引っ掛かりを覚えた。
幼い頃から良家の子女に仕え、世話をする相手。
ただ、魔法が存在するこの世界において、我が家のような魔法の名門生まれの子女につく従者は、単なる世話係よりも役割が重い。
魔法の才はかなりの部分が血で決まり、故にそれを狙った物騒な事件が跡を絶たない。
10歳の私たちはまだ幼く、固有の魔法も発現してはいないが、それでも利用価値は変わらない。
だから従者は仕える子女に何かあった際、命を賭ける必要がある。
言ってしまえば護衛を兼ねているのだ。
そう簡単には決まらないし、場合によっては一生決まらないこともある。
だから、リリーの従者が見つかったことは喜ばしいこと。
その筈なのに、嫌に胸騒ぎがする。
黙っている私を見て、早く紹介しなければと思ったのだろう。
屋敷側に向かい声をかけたリリーの方に、慌てて走ってくる影がある。
少し寝癖のついた茶髪に赤い目。
どこか活発さを感じさせる雰囲気と、首筋についた小さなキズ。
幼さの割には身長があって、白地に黒ラインの従者服を慣れない様子で着ていて、そして。
両手に模様の書かれた白手袋を嵌めていた。
「あ……アゼル・エデルフォン……」
呟いた名前に、何か話していたらしいリリーと彼が驚いたようにこちらを見た。
そして不思議そうに顔を見合わせる。
“まだ紹介していないのに何故名前を知っているのか”と、その気持ちはありありと読み取れた。
名前が分かる、なんてものじゃない。
私は目の前の人物が、乙女ゲームの攻略対象だということを知っている。
それはそれは、嫌というほどに。