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7.休日の有意義な過ごし方

「……暇だなぁ」


 王城の一室に一人、私はぼーっと椅子に座りながら外を見つめる。

 窓の外に広がる青空には、雲がゆったりと流れている。

 緩やかに進む時間の中で、私は特にすることもなく怠惰に過ごしていた。

 

「のんびりな休日に憧れてたけど、意外と退屈なんだね」


 誰に言うわけでもない。

 独り言を口にして、大きくため息をこぼす。

 宮廷付与術師から異例の大出世?

 隣国の王子の妻になって、私は一国のお妃様になってしまった。

 未だに信じられないけど、城下町を見渡せる一番高い場所に住んでいることが、私に現実だと教えてくれる。

 イストニア王国に来てから数日は激動のように過ぎた。

 ようやくあいさつ回りや挙式もひと段落して落ち着き、依頼されたお仕事もパパっと終わらせて、念願の休日を手に入れたというのに……。


「働いてないと落ち着かないって……もう病気だよ」


 私ってそんなことになっていたんだね。

 働き過ぎはやっぱり悪いことだと実感する。

 毎日お仕事、朝から深夜までぶっ通しで仕事に籠る生活。

 それが当たり前になっていたせいで、こんなに綺麗で落ち着く場所にいることが、かえってソワソワしてしまう。

 休みがほしいと願ったのは私なのに、今は適当な仕事はないかと頭を回してしまうんだ。

 

「殿下が聞いたら呆れられるかな」


 私は思い返す。

 殿下が私に言ってくれたことを。


 頑張り屋は嫌いじゃない。

 程よく頑張って、しっかり休めばいい。


 そう言って私の頬に触れた手の感触を。

 男の人の手だった。

 大きくて少し硬くて、力強い手が私を支えてくれるように。

 これはただの政略結婚だ。

 お互いの利益のために今の形に落ち着いただけ。

 それなのに私は……ちょっとだけ期待してしまう。


「……よし!」


 私は椅子から立ち上がる。

 そのままテクテクと歩き、自室を出て廊下を歩く。

 特に目的はない。

 ただお散歩でもしようと思っただけだ。

 あのまま部屋の中にいても、ダラダラと答えの出ない考え事をするだけで一日が終わってしまう気がしたから。

 気分転換も休憩の一つ、だと思う。

 今までそんな暇すらなかったから、これが正しい休み方なのかわからないけど。


「じっとしてるよりはいいよね」


 そう自分に言い聞かせて廊下を歩く。

 すぐに使用人とすれ違い、執事服を着た老人が丁寧に頭を下げた。


「フィリス様、どちらへ行かれるのです?」

「あ、えっと、少しお散歩を」

「左様でございましたか。王城内を出る際は我々にお申しつけくださいませ。警護の者を手配させていただきますゆえ」

「わ、わかりました。ありがとうございます」


 私は逃げる様に駆け足でその場から立ち去る。

 ただの会話だった。

 丁寧で、私のことを尊重してくれている。

 そんな対応が歯がゆくて、どう接していいのかわからなかった。

 

 仕方がないよね。

 だって私は、少し前までただの宮廷で働く職員だった。

 貴族の地位もお飾りみたいな……。

 一国の王族としての振る舞いを、普段から意識して生きていかなければならない。

 仕事による圧迫とはまた違う。

 見られる立場になったことの窮屈さを感じる。


 王城の中を歩けば誰もが私を見てへりくだる。

 執事、メイド、騎士、貴族までも。

 王族とはこの国で最も位が高い存在だ。

 国を動かし、統治する者だから当然ではある。

 たとえ数日前まで外の人間だったとしても、今の私は立派な王族の一人だ。

 彼らにとって私の過去は関係ない。

 今、この瞬間の私は、イストニア王国第一王子、その妻なのだから。


「はぁ……疲れた」


 私は駆け足で王城を抜け出して、王城の敷地内にある庭園に来ていた。

 隠れる様に木陰に入り、ちょこんと腰を下ろす。

 想像以上に周囲の目は多い。

 どこへ行ってもフィリス様とか、王子妃様と声をかけられる。

 来たばかりで勝手がわからないだろうという親切心からなのだとしても、少し鬱陶しいとさえ感じてしまった。

 私は一人でのんびりと散歩をするつもりだったのに。


「これじゃのんびりなんて無理だよぉ」


 なんて弱音を吐きながら空を見上げる。

 今日は本当にいい天気だ。

 お日様の光が心地よくて、木陰はほどよくポカポカしている。

 私にはふかふかのベッドより、この穏やかな陽気のほうが眠気を誘う。

 意識が、薄れていく。


「――リス。フィリス!」

「は、はい! もうすぐ終わります!」


 名前を呼ばれて咄嗟に起き上がる。

 いつもの癖で出たセリフは、納期ギリギリによく口にしたものだった。


「ここは宮廷じゃないぞ?」 

「あ、あれ……」


 私は庭園にいた。

 眠ってしまったことを思い出す。

 起こしてくれたのは、私の夫になったレイン殿下だった。


「で、殿下?」

「気づくのが遅いな。寝ぼけていたのか?」

「す、すみません! うとうとして気が付いたら……」

「まったく、王城の中とは言え不用心だぞ? お前はもうこの国の王族で、俺の妃なんだ。普段から少しは危機感を持ったほうがいい」

「は、はい……」


 注意されてしょぼんとする。

 当然のことを言われているから、言い返すこともできない。

 最初から言い返す度胸もないけど。


「どうして殿下がこちらに?」

「お前の様子を見に部屋に行けば不在だったからな。どこへ行ったのかと探している途中で見つけだけだ」

「探してくれていたんですか?」

「お前のことだからじっとしていられないだろうと思っていたが、案の定だったな」


 殿下は私が王城の外にまで出ている可能性も考えたそうだ。

 つまるところ、彼は心配してくれていた。

 慣れない王城での生活、そのストレスの発散する場所がないことを気にしていた。


「殿下に余計な時間を取らせてしまって申し訳ありません。私はもう部屋に戻りますので殿下も」

「いや」


 彼は私の隣に歩み寄り、ゆっくり腰を下ろす。


「殿下?」

「俺も少し休みたい。隣に座れ」

「は、はい」


 私たちは夕暮れで色づく庭園に、並んで腰を下ろす。

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