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6.天才の消失

ここからが連載版の新しい話です!

 宮廷から付与術師がいなくなった。

 王国の歴史上初の宮廷付与術師は、突然隣国へと旅立ってしまった。

 その知らせは瞬く間に宮廷、王城に広まる。

 たかが宮廷で働く職員一人の進退だ。

 本来ならば噂にこそなれ、そこまで大きな話にもならない。

 

 ……はずだった。


 フィリスの場合は、異例中の異例。

 誰も予想できなかった出来事が起こったのだから、注目されてしかるべき。


「ねぇ聞いた? 付与術師のフィリスさんが隣国へ引き抜かれたって」

「単なる引き抜きじゃないわよあれ。なんたって隣国の王子様と結婚されたんだから」

「すごいわよね~ イストニア王国ってそれなりに大きな国でしょ? 宮廷の職員からいきなり一国のお妃様なんて憧れるわ」

「一体どうやったのかしら」


 特に宮廷はこの話題で持ちきりだった。

 よくも悪くも、彼女の名前は有名だった。

 たった一人の付与術師、しかもバリバリに仕事をこなす実力も持っていた。

 実際にはパワハラを受けていただけだが、事情を知らない周囲からはこう思われていた。


 どんな依頼も期日までに必ず終わらせ、要求以上の成果をたたき出す責任感を持ち、たった一人で他の職業を圧倒する生産力を持つ怪物。

 まさに時代に、世界に選ばれた大天才である。


 ……と。

 それは事実である。

 図らずも彼女を追い詰めた者たちは、彼女を成長させる養分を与えてしまっていた。

 もしものびのびと仕事をしていたなら、ここまでの怪物は生み出せなかっただろう。

 その結果が――


「やっぱりすごいわよね。王子様に見初められたってことは、それだけ彼女の名声が外にまで広まっていたってことでしょう?」

「そうなるわよね。なんだか憧れちゃうわ」

「ねぇー、私もちゃんと話しておけばよかったわ」

「いつかこっちに遊びに来てくれないかしら。その時は盛大に歓迎しちゃうのに」


 今や宮廷の誰もが、彼女の功績を讃えている。

 これまでただの一人もいなかった。

 宮廷で働く一職員が、王族になってしまうなんて事例は。

 故にこそ、尊敬し憧れる。

 普通ならば……。


「……チッ」


 大きな舌打ちが廊下に響く。

 多くの人が楽し気にフィリスの話題を口にする横を、秘書のスレニアは通り過ぎる。

 彼女の頭によぎるのはたった一言。


 どうしてこんなことになった?


 何もかもが予想外だった。

 まさか虐めていた彼女が、隣国の王子と結婚するなんて思いもよらなかった。

 そんな様子は一切なく、予想も立てられなかった。

 さらに決定的なことは、結婚の話を申し出たのは隣国の王子からだったというじゃないか。

 国同士の親交を深める意味合いでも、隣国から申し出があったなら断る理由はない。

 たかが宮廷の役職一人と国の未来。

 天秤にかけるまでもなく、先方からの申し出は受理され、彼女は異国の妃となった。


「ありえないわ……」

 

 本来ならば今日も、彼女のことをこき使い憂さ晴らしをするつもりでいた。

 彼女自身、宮廷の職員たちを管理する立場にある。

 それなりに忙しく、思い通りに動かないことも多いためストレスが溜まる。

 たまったストレスの発散相手として、フィリスは恰好の的だった。

 秘書スレニアの精神を支えていたのはフィリスだったと言っても過言ではないほどに。

 ある意味精神安定剤だった彼女がいなくなり、スレニアの苛立ちは逃げ場をなくす。

 加えてフィリスが担当していた仕事を他に振らなければならない。

 今すぐに付与術師を集めることは難しい。

 必然、他職種にお願いするしかないのだが、代わりになるのは魔導具師ぐらいだった。


「仕方がないわね」


 彼女が向かったのは、もう一人の天才と呼ばれた人物。

 大天才の影に隠れた彼女。

 宮廷魔導具師レイネシア・ハイベル。


「……え」

「こちらの仕事を引き受けてください」

「ちょっ、ちょっと待ってください。何をおっしゃっているのでしょう? 私は魔導具師です。これは……」

「ええ、見ての通りフィリスさんが請け負っていた仕事の一部です」


 どさっとテーブルに置かれた依頼書。

 その山は誰が見ても、ひとりに任せるべき仕事量ではなかった。

 レイネシアは唖然とする。


「それをどうして私がやらないといけないんですか?」

「あなたが適任だからです」

「適任って……魔導具師は他にもいますよ?」

「もちろん、他の方にもお願いします。先ほど申し上げた通り、これはフィリスさんが担当していた仕事の一部でしかありません」

「これが……一部?」


 レイネシアは知らなかった。

 フィリスが今まで、どれほどの仕事量を一人で熟していたのか。

 天才という肩書だけでは支えきれないほどの重みに耐えていたのか。

 毎日毎日、努力し続けた彼女の背中を一度も見ていない。

 レイネシアが見ていたのは畢竟、鏡に映る自分だった。


「納期は書いてある通りです。お願いしますね」

「待っ――」


 バタンと扉が音を立てて閉まる。

 初めて聞くような大きな音にびくっとしながら、後にくる静寂に心が震える。

 

「なんなのよ……これ……」


 山盛りの依頼書を見ながら歯ぎしりする。

 こんなはずではなかったと、レイネシアも秘書と同じことを考えていた。

 もはや未来など予想するまでもない。

 ここから先は足の引っ張り合いになることは明白だった。


 一人の大天才に支えられていた宮廷は、徐々に崩壊していく。


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― 新着の感想 ―
こうして見ると職場の人間や家族に対してストレス発散するのは頭おかしいのでは?と思える。 仕事の能率や人間関係が良いわけがなく、なのに人に当たる。おかしいだろ?
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