40.無自覚な想い
書籍化・コミカライズが決定しました!
情報は追ってお知らせいたします。
時間は流れ、建国記念日前日。
本日が祭りの準備の最終段階、王都の街に装飾品を移動させ飾りつけをする。
王都の住民にも協力してもらうことになっていた。
狙うならここだ。
倉庫に一人の男が入り込む。
背中には袋を背負い、手にもガラガラと何かを持ち歩いている。
「……よし」
「何がよしなんだ?」
「なっ――」
「今だ! 取り押さえろ!」
騎士団長の声に続き、騎士三人が飛び出した。
慌てた侵入者は何もないところで躓く。
そこにのしかかるようにして、騎士たちが男を拘束した。
「く、くそっ! どうしてここに……!」
「馬鹿かお前は? あれだけのことをしたんだ。次に狙うなら記念日当日しかない。チャンスがあるとすれば前日だろう。少し考えれば誰でもわかる」
「は、離せ! お、俺は雇われただけだ!」
「そうかそうか。だったら誰に雇われた? 知っている情報を全て吐け。さもなくば……」
レイン殿下は騎士団長に目配せをする。
騎士団長は頷き、腰の剣に触れる。
かすかな殺気で、男は震えあがる。
「わ、わかりました! 話しますから!」
「素直でよろしい。じゃあ教えてもらおうか」
◇◇◇
「……え、ほ、本当なんですか?」
「ああ、間違いでこの名は出ない。ましてや隣国の……お前もよく知る貴族の名前だ」
建国記念日前日の夜。
私は殿下から報告を受けた。
捕らえた男から聞いた情報によれば、指示したのはシュフィーゲルたちだという。
そこは予想通りだった。
だけど予想外の事実がわかった。
彼らの協力者に、私がよく知る人物がいた。
「サレーリオ様が……」
「爆発物と術師を提供したのはサレーリオという貴族だった。適当や思い付きで出る名前じゃない。形はどうあれ、関わっていることは事実だな」
「そんな……」
「大胆なことをしてくれる。これが奴個人の行動か、それとも王国が絡んでいるのかわからない。だが目的は明らかだ。奴らはこの国を乗っ取ろうとしている」
サレーリオ様がそんなことを?
事実なら、最悪戦争に発展しかねないことだ。
私は震える。
自分の知人が、大きな争いの火種を作ろうとしている事実に。
「どうすれば……」
「……今は何もできない。事実だとしても、確固たる証拠がないからな」
「でも、捕まえた人の証言なら」
「あんなの知らぬ存ぜずで通される。裏を取るまでは下手に動けない。先に父上とも話してそう結論付けた」
今は何もできない。
下手に動けば、国中で大きな混乱が起こる。
この平和で穏やかな国が戦場になるかもしれない。
それを避けるためにも、慎重に事を進める必要があった。
「現時点でできることは一つ。予定通りに記念日を過ごすことだ」
「き、危険なんじゃないですか? パレードは大勢の人の前に出ます。殿下や陛下たちが狙われるんじゃ」
「それはない。爆発も小規模だった。本気で俺たちを殺す気なら、もっとド派手に散らせることもできたはずだ。そうなれば頭はすり替わっても国民がついてこないだろ」
だから当日は何もしてこない。
というのが殿下の予測だった。
だとしても不安だ。
また、殿下を危険な目に合わせるかもしれない。
「心配するな。当日は万全を期す。俺たちの役目は変わらない。見せつけるんだよ。俺たちが仲睦まじい夫婦だってことを」
「……」
「俺も後悔はしていない」
「え?」
唐突に、彼は語り出す。
いつになく真剣な表情で。
「前に言っただろ? お前は、俺と結婚したことを後悔していないって。今でもしてないか?」
「……はい」
「俺もだ。俺も、お前と結婚したことを後悔したことはない」
彼は力強く、私の手を握ってきた。
「確かに利害のためだった。都合がよかったからお前を選んだ」
「……」
「けど、王城で共に時間を過ごしていくうちに気付いたんだ。いつの間にか、俺の景色にお前がいることが当たり前になっていたことを」
私の手を握る力が、わずかに強くなる。
ほんの少し、震えているように感じた。
「愛とか恋とか、そういうのとは無縁だった俺には明確な答えが出せない。ただ思うんだ。この光景に、お前以外の誰かがいることは……もう考えられない」
「殿……下……」
「今は、お前が妻でよかったと心から思っている」
その言葉が、私の心を温める。
苦しかった。
悲しかった。
辛いことばかり考えていた。
そんな私の心を、彼のたった一言の想いが救ってくれた。
「私も……殿下が……」
気づけば大粒の涙が零れ落ちる。
ずっとほしかった。
家族を失って、一人になってから。
私が追い求めていたのは、心を許し、委ねることができる人だった。
それは今、私の前にいてくれる。
「なぁフィリス、明日のパレードで――」
◇◇◇
パレード当日。
街中を鮮やかな装飾が彩る。
ただの装飾ではない。
特別な付与によって七色に光を変化させ、自由に空を舞う。
どこもかしこも賑やかに騒ぐ。
王都の街を、王族を乗せた馬車が走る。
天井のない大きな馬車に乗って、私たちは手を振る。
「陛下ー!」
「王妃様は今日も美しい!」
「ライオネス様! レナリー姫様! あんなに大きくなって」
国民はみんな、彼らが大好きだった。
そして彼も。
「殿下ー!」
「大人気ですね」
「ふっ、人に好かれないで王族は名乗れない。全員は難しいけどな」
「そうですね」
私と殿下は隣に座り、手を握っている。
それだけじゃ伝わらない。
「フィリス妃殿下よ。あの噂って……」
「しっ! 聞こえるわ」
私たちの関係を訝しむ声はあがっている。
だからこそ、示そう。
「フィリス」
「はい」
公の場で、これはあまり褒められた行為ではないだろう。
他の国なら絶対にできない。
私たちは向き合う。
殿下の手が、私の頬に触れる。
「フィリス、お前は誰の妻だ?」
「レイン殿下です。この先もずっと」
「ああ、それでいてくれ」
唇を合わせる。
抱き合うより、触れ合う面積はずっと少ない。
それなのに、心が通じ合う。
不思議で、素敵なつながりだ。
私たちは偽りの夫婦。
互いの利益のために手を取った関係。
だけど、お互いに気付かないうちに、知らないうちに……。
私たちは惹かれ合っていたのかもしれない。
そんな無自覚な王子と奥さんの物語は、これからも続いていく。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『私はただの侍女ですので(大嘘) ~ひっそり暮らしたいのに公爵騎士様が逃がしてくれません~』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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