4.偽装結婚
「俺に結婚する気はない。ただ、結婚そのものを嫌っているわけではない。嫌気が差したのは、俺に言い寄ってくる者たちの態度だ」
「態度、ですか?」
「ああ、なんだあれは。俺に取り入ろうとする気があふれ出ているじゃないか。誰も俺を見ていない。見ているのは俺の名前、立場、権力……未来だ。それを悪いとは言わない……が、少なくとも俺は、そんな相手と婚姻したいとは思わない」
少しだけ、共感する。
王子という立場しか見ていない相手に言い寄られ続けて、いつしか彼は結婚そのものを避ける様になったらしい。
あくまで嫌いではなく、すべき相手が見つからないと。
「だが父上や周りは、早く相手を見つけろとうるさくてな。ならば国外でもいいから、いっそ適当に相手を見つけてこようかと……思っていたら、お前を見つけた」
「……え?」
さっきから驚いてばかりだけど、これが一番の驚きだった。
「フィリス、お前を俺の妻にする」
「……」
「聞こえなかったか? 俺の妻になれと言ったんだ」
聞こえてはいる。
ハッキリと。
驚きすぎて声も出ないだけだ。
「な、ななな、何をおっしゃっているんですか? 私が殿下と?」
「そうだ。適任だと思うが?」
「ぜ、全然適任じゃありません! どうして私なんですか?」
「条件がそろっているのと、利害が一致しそうだからだ」
「り、利害?」
話が見えてこない私に、殿下は説明を続ける。
「お前はさっき言っていたな。仕事を辞めたいと」
「うっ……はい」
「だが簡単には辞められない理由がある。借金があるそうだな」
「は、はい」
「その借金を俺が肩代わりしてやろう」
またしてもビックリする発言が飛び出す。
もはや何に驚くべきなのかも見失ってしまいそうだ。
「そうすればお前を縛る物はない。俺の国に、俺の妻として来い。そうすれば、今の環境から大きく変わる。俺としても、表向きは妻として演じて貰えればそれでいい。悪くない話だろう?」
「い、いやでも、私はただの付与術師で」
「ただの、ではない。史上初となる宮廷付きとなり、生まれも一応は名家だろう? 本来地位としては十分にある。他国との親交を深めると言う意味でも、政略的価値がある」
「そ、そうなんですか」
納得していいのだろうか。
認めてもらえている気がするけど、素直に同意できない。
私には、私の価値がわからないから。
「まぁ、お前にその気がないなら無理にとはいわない。これはいわゆる契約結婚。互いの利益のために協力するか否か。選べ」
これは究極の選択だ。
宮廷でこれから先も働き続けるか。
異国の王子様の妻になるか。
人生が天地ほどに変わるだろう。
「私は――」
どちらを選んだ方が幸せか。
そんなこと決まっている。
◇◇◇
「――今までお世話になりました」
「……」
いつも威張る秘書さんに、私は最後の挨拶をした。
私はこれから隣国へ行く。
殿下と結婚して、王族の一員になる。
それを快く思っていないのが丸わかりな表情だった。
「頼まれていた仕事はすべて終わっています。今後のお仕事は、新しい方を探してください。それでは」
「ま、待ちなさい。フィリス・リールカーン……あなた、どうやって……」
「それにお答えする義務はありません。それと、婚姻はすでに成立しています。私はもうフィリス・イストニアです。間違えないでください」
「っ……」
悔しそうな顔が見えた。
私は性格が悪いのかもしれない。
その顔を見て、少しだけスカッとしてしまったから。
「さようなら、私の故郷」
こうして、私は隣国へと旅立った。
もう二度と、ここへ戻ってくることはないだろうと予感して。