39.誰もお前を
「頭部外傷、左手の火傷……幸い命に別状はありませんが、しばらく安静が必要です」
「……そうですか。ありがとうございます」
お城のお医者様に見てもらって、殿下はベッドで横になっている。
何が起こったのかはすでに広まった。
殿下が怪我をされたんだ。
噂は一斉に広まる。
私の仕事中に起こった事故。
これは故意ではないか?
王都で広まっている噂もある。
ついに隠していた本性を現したか。
なんて、憶測が飛び交う。
私は騎士団長とモーゲン大臣に呼ばれて、騎士団の応接室に来た。
「フィリス様、事情をお聞かせいただけますか?」
「はい」
二人に事情を説明する。
静かな時間だった。
私だけが話していて、誰も……ニコリともしない。
当然だ。
笑っていられるような状況じゃない。
同席している他の騎士や医者も、重たい空気を漂わせる。
「なるほど、ご事情は把握いたしました。しかしながら不可解な点も多い。どうされますか? モーゲン大臣」
「うん……本来ならば陛下の意向を伺いたいが……今は外に出られておる。フィリス様、あなたはしばらく自室にいていただけますか?」
疑われている。
今回の一件に、私の意志が絡んでいることを。
二人の視線が怖い。
今まで見せたことのないような……厳しい視線を向けられている。
私は俯き、答える。
「……はい」
◇◇◇
「いけません! ライオネス様、レナリー様!」
「なんで入っちゃいけないの?」
「お姉様は何も悪くないですわ!」
「なりません。せめて陛下がお戻りになられるまでは」
外でがやがやと騒ぎ声が聞こえる。
ライ君とレナちゃんの声だ。
私のことを心配してくれているらしい。
優しい子たちだ。
二人とも、私のせいだとは思っていないみたい。
少しホッとする。
そう、私じゃない。
あの時に殿下が触れたものは、明らかに私以外の誰かが用意したものだった。
気づかないうちに、誰かが爆発系の付与を施した?
いつの間にか紛れ込ませて。
最初から殿下を狙っていたのだろうか。
それとも本来は私を……。
だとしたら、殿下は私の代わりに傷ついてしまった。
「……私は……」
なんてことを。
私が先に確認していれば、こんなことにはならなかった。
傷つくなら私であればよかったのに。
悶々と後悔が募る。
時間が経過し、外が暗くなる。
夕食の時間になっても、私は部屋の中にいた。
夕食はいらないと伝えた。
とても喉を通るようじゃ状態じゃない。
楽しませるための物で、他人を傷つけてしまったんだ。
あろうことか殿下を……。
「――!」
「――か? どう――ません!」
「……何?」
外で騒ぎ声が聞こえる。
誰かがもめている?
またライ君とレナちゃんだろうか?
でもこの声は……。
「いいから退け。ここは、俺の妻の部屋だ」
「――殿下?」
ベッドでうずくまっていた私は飛び起きて、扉の前に走った。
その時、扉が勢いよく開く。
「真っ暗じゃないか」
「で、殿下!」
「フィリス。せめて明かりくらいつけろ」
「ど、どうして……お怪我は!」
慌てる私に殿下はため息をこぼす。
ゆっくりと歩き、部屋に明かりを灯した。
左手と頭には包帯が巻かれている。
「この程度はなんてことはない。医者も命に別状はないと言っていただろう?」
「で、ですが安静にしていないと」
「するさ。ここでな」
「え……」
殿下は私のベッドで横になる。
呆気にとられた私は、ポカーンとした顔でそれを見ていた。
殿下と視線が合う。
「お前も隣に来い。話をしよう」
「は、はい」
私は言われるがまま、殿下の隣で横になる。
顔を近づけ、二人にしか聞こえない声で話し出す。
「で、殿下……?」
「気にするな」
「え」
「爆発のことだ。あれはお前のせいじゃない。お前があんなミスをするとは思えない。何者かがお前を、俺を陥れるために仕掛けた罠だ」
殿下は冷静に状況を分析していた。
怪我をして、目覚めたばかりだというのに。
「どうなんだ? あれはお前の付与か?」
「ち、違います。私じゃありません。いつの間にか紛れ込んでいたらしくて……」
「やっぱりな。大方、シュフィーゲル一派の仕業だろ。噂は前菜でこっちがメインか。俺とお前を対立させるのが狙いかもしれないな」
「……すみませんでした」
私は消え入りそうな声で謝罪する。
殿下の顔も見れない。
「私がしっかり確認していれば」
「……その時はお前が怪我をしていただろうな。まさか、そのほうがよかったと思っているんじゃないだろうな?」
「殿下が怪我をするよりは」
「こっちを見ろ!」
「ふえ?」
頬を挟まれ、下を向いていた私は無理やり正面を向けられる。
殿下の顔がすぐ近くになる。
互いの息遣いすらわかる距離だ。
ふいにドキッとする。
「俺はお前を疑っていない。怒ってもいない」
「殿下……」
「そもそもこれは、俺が王子だから起こる問題だ。むしろお前は巻き込まれた被害者なんだ。責任を感じる必要はない」
「で、でも……」
「他の奴らだって同じだ。お前を疑っているわけじゃない。モーゲン大臣や騎士団長、彼らにも立場がある。そして周囲の目があった。だから相応の対応をせざるを得なかっただけで、本心はお前を心配している。さっき目覚めた時、二人に会って話したからな」
殿下は優しい声色で教えてくれた。
二人が私のことを責めたりしていないことを。
私のことを信じてくれていると。
それを知って、心が震えて。
「ぅ……」
涙が溢れた。
「泣くな。まだ終わってない。祭りはこれからだぞ?」
「え……でも殿下は」
「怪我のことなら心配するな。一週間もあれば治る。それまでに万全を期す。協力してくれるか?」
「……はい」
私は涙を拭い決意する。
今後は失敗しない。
殿下と、私を信じてくれる人のためにも。
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