37.動き出す者たち
暗い部屋で明かりは蝋燭一つ。
丸いテーブルを囲んで男たちが向かい合う。
始まりはため息一つ。
「どうやら思っていた以上に心酔しているようだね」
「これはよくないのではないか? 彼女は民衆の信頼も獲得しつつある」
「このままでは王家の信頼はより一層強くなるだろうな。何か手を打たなくては」
焦る男たちの中で唯一、冷静に笑う者がいた。
彼らを束ね、導く者。
シュフィーゲル・アイゼン公爵。
「そう悲観することでもない。我々に与しないというなら、相応の手段を取るまでだ」
「何か考えがあるのか?」
「もちろんだとも。皆もよく考えてみてくれ。彼女は確かに優れた力を持っている。しかし所詮はこの国の人間じゃない。外から来たよそ者だ」
「それはそうだが、今は王家の一員だ。過去などあまり関係は……」
「そうでもない。彼女が優れた力を持っているからこそ、利用する価値がある。重要なのは事実ではなく、人々がどう受け取るか。そういうことでしょう?」
暗闇からもう一人、姿を見せる。
それは本来、この国にいるはずのない人物。
許可もなく、無断でいることは問題となるだろう。
「サレーリオ公爵」
「ああ、まったくその通りですよ。シュフィーゲル公爵」
二人は視線で繋がる。
両者の間には、利害の一致があった。
◇◇◇
「……」
最近、聞こえてくる噂がある。
「聞きましたか? 殿下のお噂……」
「ええ、王都中で広まっているみたいね」
「本当なのかしら?」
「わからないわよ。けど、ずっと婚約を避けていた殿下が急に……なくはない話だと思ってしまうわね」
「だからって殿下がそんな」
「わかっているわ。私だって半信半疑よ。だから噂は広まるの」
王城内でもその噂が密かにささやかれていた。
レイン殿下は私を自らの道具とするために、隣国から奪い取った。
という噂が。
「ありえませんわ!」
「そうだよ! 兄上がそんなひどいこと考えるわけない!」
噂は当然、ライ君とレナちゃんの耳にも届いている。
当然のごとく二人は怒っていた。
大好きなお兄ちゃんを悪く言われたんだ。
怒って当然だろう。
私はというと……。
「殿下……」
殿下のことが心配だった。
最近また忙しそうにしていて、お茶会以外では会うことが減っている。
以前のお茶会から三日後。
これからいつも通りに殿下とお茶会が開かれる。
「ねぇ姉上、兄上はそんなことしてないよね?」
「ええ」
「お兄様大丈夫でしょうか?」
「きっと大丈夫。殿下は強いお方だから」
二人の質問に答える。
そうして自分自身にも言い聞かせている。
◇◇◇
「――噂など気にするな」
お茶会の時間になり、殿下と話をした。
心配になって尋ねると、第一声がこれだった。
拍子抜けするほどあっけなく、堂々とした態度で言い放った。
「所詮は噂だ。大方、俺のことが気に入らない奴らが適当に流したものだろう」
「シュフィーゲル公爵……でしょうか」
「どうだろうな。それには少々幼稚な手にも見えるが……あの男は計算高い。何かもっと、大きな企みでもあるのかもしれん」
そう言いながら紅茶を飲む。
私が用意したお菓子にも、あまり手を付けていない。
口で気にするなと言いながら、殿下の心は揺さぶられているのかもしれない。
「用心すべきはこれからだ。噂は放っておいてもなくなるが、これが彼らの仕業だとして、この程度で終わるとは思えない」
「……何を、考えているのでしょうか」
「わからんな。普段は俺たちの政策に反対したり、資金援助をしなかったり、間接的な抵抗が多かった。だが今回は毛色が違うようにも見える」
殿下は悩んでいた。
噂をバラまいた真意が別にあるかもしれないと。
私には難しくて考えも及ばない。
私に考えられることは一つだけだった。
「どうにかして、噂を早くなくすことはできないのでしょうか」
「そんなに心配か?」
「……これでも殿下の妻ですから」
「ふっ、だが、完全なデマというわけでもない」
「――!」
そうだ。
忘れていた。
私たちの関係はあくまでも……。
「俺たちは普通の夫婦ではない。利用しているといえば……確かにその通りだ」
「……」
もしかすると、だから殿下も強く怒れないのだろうか。
私を妻にしたことに、少なからず罪悪感を抱いているから。
だとしても私は……。
「私は、殿下と結婚したことを後悔していません」
「フィリス?」
「どんな理由で、どんな経緯があろうと……この穏やかな時間があるのは、あの日殿下と出会い、殿下が私に手を差し伸べてくれたからです。あの日私は、自分の意志で妻になったんです」
この選択を間違いだと思ったことは一度もない。
だって、幸福だから。
この国での、新しい家族と過ごす時間は。
普通の夫婦とは違うかもしれない。
それでもいいと、思っているくらいに幸福なんだ。
「……そうか」
殿下は笑う。
安堵したように。
「なら、手っ取り早く示せばいい。今度、建国記念日を祝した祭りが開かれる。そこで王族が街を回るパレードがあるんだ。そこに二人で出よう」
「お祭りですか。いいですね」
「この国一番の祭りだ。実はフィリスの力も借りたいと思っていたんだよ」
「私の?」
「ああ。お前の力で、祭りをもっと華やかにしてほしい」
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