36.私のほうが知っている
イストニア王国には七十二の貴族家がある。
そのほとんどが王家の政策を支持しており、統率も取れている。
だけど五つの貴族家だけは違う。
彼らは明確に、王家やそのほかの貴族たちとは異なるスタンスを示していた。
アイゼン家の現当主。
若くして当主の座に就き、様々な功績の遺した天才。
王家に反する者たちをまとめる若きトップとされる人物。
予想はしていたけど、いきなり接触しにきたみたいだ。
私は警戒する。
ただし、驚いたりたじろいだり、動揺する様は見せてはいけない。
私は殿下の妻なのだから。
「こちらこそよろしくお願いします。アイゼン公爵」
「私のことはシュフィーゲルとお呼びください。お会いできて光栄です。レイン殿下の妻となられたお方……一度お話してみたいと思っておりました」
ニコニコと気さくに、優しそうな表情で語り掛ける。
見た目はとてもいい人そうだ。
いや、もしかしたらいい人ではあるのかもしれない。
王家の意向に反していることは、必ずしも悪というわけじゃないから。
少なくとも今は、私に対して敵意を見せたりしていない。
今日は初めての顔合わせだし、あいさつ程度で終わるかもしれないな。
と、考えていたところで気づく。
私は囲まれていた。
見知らぬ男性たちによって。
どこにも通り抜けできないように、一定の間隔を保って彼らは立っている。
「ああ、彼らは私の友人たちです。彼らもフィリス妃殿下とお会いできる日を楽しみにしていたのですよ」
「そうなのですね」
なるほど、彼らがシュフィーゲル公爵と意見を同じくする者たち。
私を逃がさないため?
他の貴族たちと話す隙を与えないようにしているのか。
やっぱり油断ならない。
私は気を引き締める。
「緊張なされているようですね」
「――! ええ、お恥ずかしながらこういう場には慣れておりませんので」
「それも仕方ありません。聞けば妃殿下は元々隣国の出身だとか。宮廷で働いていたという話も聞きましたが」
「はい」
出身くらいは誰でも知っている。
私が宮廷で働いていたことも、貴族なら知っていて当然だ。
「いきなり他国の王子と結婚……さぞ勇気のいる決断だったでしょう」
「そんなことはありません。レイン殿下は素敵なお方ですから」
「よくできたお方だ。夫を立てることも考えていらっしゃる。加えて、稀代の天才付与術師でもあるとか」
シュフィーゲルの笑み、その瞳に力がこもる。
何かが始まる。
そんな予感がした。
「スエールでは自ら戦場に立ち、兵士たちを鼓舞したとか。中々できることではありません」
「ありがとうございます」
「妃殿下は素晴らしい才能をお持ちのようだ。そんな方だからこそ、殿下も妻にしたのでしょう。国にとって有益な力を持っている……」
「……」
何が言いたいのかなんとなく察する。
彼は遠回しに、殿下が見ているのは私の力だけだと言いたいのだろう。
わかりやすく話題を誘導する。
「実のところ皆、殿下の結婚には疑問を抱いていたのです。長らく婚約をさけていた殿下が、唐突になぜ妻を娶ったのか。その理由が能力にあるとすれば、確かに納得できます」
「……」
「殿下は合理的なお方ですからね。気持ちよりも利を優先するでしょう。時に大胆な方法を取る時もある。妃殿下もさぞ大変な思いをされたのではありませんか?」
「……なんのことでしょう」
シュフィーゲル公爵は周囲を警戒したのち、耳元でそっと囁く。
「私は心配なのです。殿下は妃殿下を利用するために妻にしたのではないかと。何か裏があるのではありませんか?」
「――!?」
そういう切り口でくるのか。
間違いない。
彼の狙いは、私を自分の陣営に引き込むことだ。
「裏なんてありません。私は殿下をお慕いしております」
「今は周りに我々しかいません。本音を隠す必要はありません。仮に殿下に弱みを握られ、脅されているのだとしても、我々は驚きませんよ」
「……」
ニコリと微笑むシュフィーゲル公爵。
さわやかだが、その瞳の奥には黒い炎が見えるようだ。
大丈夫。
この人は知らないはずだ。
私たちの関係の根っこにあるものが何なのか。
ただ、揺さぶっている。
私から弱音を引き出し、そこに付けこむために。
「そんなことはありません。殿下はお優しいお方ですので」
「……強いお方だ。ですが気づいているはずです。殿下は自身と国のためなら手段を選ばない。そういうしたたかな一面を持っておられる。妃殿下のことも、いずれ不要となればどうなるかわりませんよ」
「……」
さっきから決めつける様に。
この人は殿下の何を知っているのだろうか。
「シュフィーゲル公爵は、殿下と親しいのですか?」
「いえ、私はしがない一貴族に過ぎません。殿下と親しいなどと……平民が貴族と親しくする行為に等しいですから」
「そうですか。でしたら心配はご無用です。私のほうが、殿下のことをよく知っているでしょう」
シュフィーゲルはピクリと眉を動かす。
苦笑いに似た表情で。
「これはこれは面白いことをおっしゃる。まだこの国に来て一月と少しだというのに」
「冗談ではありません」
なんだか苛立ってしまった。
殿下のことを悪く言われたからだろうか。
ハッキリとした理由は出せない。
けど、これだけは言っておきたいと思ったから。
「私はレイン殿下の妻ですから」
「――そうでしたね。これは無粋な真似をしてしまった。どうかお許しください」
面食らったような顔をして、彼は頭を下げる。
その後、私に挨拶をして去っていった。
私を囲んでいた貴族たちも一緒に消える。
「……」
「何か聞かれたか?」
「殿下」
いつの間にか殿下が隣に立っていた。
「聞いていたのですか?」
「いや、話しているのはわかったが、内容まではわからなかった。だから聞いているんだが」
「大した話ではありませんでしたよ」
「そうか? にしては最後、気迫を感じたが」
声が届かなくても、表情は見えていたようだ。
私はくすりと笑う。
「それこそ当たり前のことを伝えただけです。私は、殿下の妻です、と」
「――そうか」
ふと見上げる。
殿下の横顔は、笑っているように見えた。
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