35.そんなに注目しないで
イストニア王国に属する貴族の数は、全部で七十二。
これは非常に少ない数字だ。
王国の規模を考えたら、この三倍は貴族の位を持つ家が存在しても不思議じゃない。
しかし逆に言うならば、この程度の数さえいれば、国は回るということ。
貴族の一部が道楽におぼれ、本来の役割を忘れても国の未来にはさほど影響がないのは、彼らの中に余分が含まれているから。
と、いうのがレイン殿下の考え方らしい。
私はすさまじいなと思った。
貴族の人に聞かせたら、目を丸くして驚き、場合によっては激怒されそうだと。
ただ、間違っている気もしなかった。
一人一人が正しく役割を果たしていれば、国も、組織も回る。
この国がそうであるように、世界中に存在する国々もそのはずだ。
「でも、それはこの国の貴族の方々がとてもまじめで、優秀な方々だということの裏返しなんじゃないですか?」
私がそう尋ねると、殿下は嬉しそうに笑った。
そうかもしれないな、と。
殿下は貴族の方々を信頼している。
共に国を治め、導くに相応しい人々ばかりだと。
だけど、一部でそうじゃない者たちがいることを嘆いている。
己の利権を優先し、権力こそが全てだと思っている者たち……極めて貴族らしい考え方の人間にとって、この国はさぞ居心地が悪いだろう。
私は今日、初めて体験することになる。
いいことばかりだったこの国に潜む、別の顔を。
◇◇◇
「お姉様とってもきれいですわ!」
「ありがとう、レナちゃん」
パーティ用のドレスに着替えた私に、レナちゃんが嬉しいことを言ってくれた。
普段から王族の妻らしく振舞うため、それなりの格好はしている。
派手過ぎず、動きやすいワンピースタイプのドレスが多い。
宮廷で働いていた頃はもちろん、華やかな衣装を着る機会なんてなかった。
遡ればずっと前、まだ父と母が健在だったころか。
かなり久しぶりだ。
こんなにも綺麗で華やかなドレスを着るのは。
「……」
「お姉様?」
「なんでもないわ。手伝ってくれてありがとう」
私はレナちゃんの頭を優しく撫でる。
本当は少し不安だ。
殿下から聞いている話もあるし、上手くやれるかどうか。
それから……。
トントントン。
扉をノックする音が聞こえる。
おそらく殿下だ。
「どうぞ」
「フィリス、準備はできたか?」
思った通り殿下だった。
殿下もパーティー用の衣装に着替え終わっている。
普段接している時は薄く感じてしまう王族の雰囲気も、こうして服を変えるだけで際立つものだ。
殿下の隣にはライ君も一緒にいる。
「姉上綺麗! ね、兄上!」
「ん? ああ、確かに似合っているな」
「――あ、ありがとうございます」
よかった。
一つの不安が解消された。
ちゃんと似合ってるって思ってもらえるんだね。
「その様子なら、準備は万端か」
「はい。いつでも行けます」
「よし。それじゃ行くぞ。パーティー会場へ」
気持ち的には、これから戦場へ向かうような感覚だ。
ある意味間違っていない。
王族の一員として、王子の妻として。
私はこれから戦いに赴く。
◇◇◇
王城のホールは広い。
本来、披露宴や会見など、様々な用途で使われる。
本日はパーティー会場になった。
テーブルが複数置かれ、すでに料理が並んでいる。
使用人たちも気合が入っている様子だ。
王都にいる貴族だけではく、国のあらゆる地方から貴族たちが集まってくる。
恥ずかしい振る舞いは見せられないから。
会場に人が流れ込む。
一人一人に気品が溢れ、まさに貴族のパーティーだ。
「皆! 忙しいところ集まってくれたことに感謝する」
ある程度の人数がそろったところで、陛下から直接挨拶がされる。
簡単な時節の話と、近況を報告して。
「では、思うままに楽しんでくれたまえ」
最後の一言が終わり、拍手が起こった。
陛下の話が終わる頃にはさらに人が増えて、会場に人の波が出来上がる。
「俺たちも行くぞ」
「は、はい」
パーティーが始まる。
それを見計らい、私たちも会場へと足を運んだ。
貴族たちの視線が一斉に集まる。
「お久しぶりです殿下」
「ああ、久しいな。前回のパーティー以来か」
「ええ、何分王都とは距離が離れておりますゆえ、挨拶にもこれず申し訳ない」
「気にすることはない。領地での評判は耳に入っている」
さっそく殿下の元に貴族が集まってきた。
殿下は国民にも人気だけど、貴族たちからも慕われているのか。
王族と貴族とは思えないほど気楽な雰囲気で会話をしている。
するとその中から……。
「初めまして、フィリス妃殿下。お会いできて光栄でございます」
「はい。私もです」
私のところにも人が集まってくる。
当然誰一人知らない。
次々に名前や領地の場所を教えてくれるけど、まったく覚えられる気がしない。
付与術に関することならすぐ覚えられるのに。
本音を言うと、あまり話しかけないでほしかった。
「フィリス様」
「モーゲン大臣」
ようやく知っている顔を見つけた。
そうだった。
彼も王国に属する貴族の一人だから、このパーティーに参加している。
大臣という地位もあって、私の周りに集まっていた人が道を開ける。
「フィリス様はこのパーティーが初めてでしたか。さぞ緊張なされているでしょう」
「はい。少し」
「殿下もお忙しいでしょう。何かあれば私におっしゃってください」
「ありがとうございます」
心強い声を聞いて安心した。
殿下は今も貴族たちに囲まれて大変そうだ。
知らぬ間に距離も離れてしまっている。
公爵様が去ったあと、殿下の元へ近づこうとした。
そんな私に声がかかる。
「あなた様がフィリス妃殿下ですか」
赤い瞳に赤褐色の髪。
胸に刺繍された家紋は、殿下から聞いていたものと一致する。
「はい」
「初めまして。私はシュフィーゲルと申します。以後お見知りおきを」
シュフィーゲル・アイゼン。
王族と意見を異とする貴族たちの一人。
本日ラストの更新!
ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。
現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!
お好きな★を入れてください。
よろしくお願いします!!