34.パーティー
「お姉様の評判が広まっていますよ!」
「うっ……そうみたいだね」
「嬉しくないの? 姉上が褒められてるんだよ!」
「嬉しいのは嬉しいんだけど……」
ここ最近よく聞こえてくる。
勝利の女神、人々を救った英雄、天才付与術師。
様々な賞賛の声が、ここ王城まで。
スエールでの戦いから二週間ほど経過した今でも、私の名前が王都で広まっているらしい。
周りのみんなはいいことだって言うけれど、私からしたら恥ずかしくて仕方がない。
「戦場に出たっていうけど、ちゃんと出たのは最後の一回だけで、他は壁の上で見ていただけなんだよ?」
「その時に戦った騎士たちは、お前の付与のおかげで思いっきり戦えたと言っていたぞ」
「兄上!」
「お兄様!」
私の部屋に殿下が入ってきた。
双子がすぐに飛び出して、殿下の元でぐるぐると回る。
「遊びに来てくれたの?」
「お兄様も一緒に遊びましょう!」
「悪いな。フィリスに話があって来ただけなんだ」
「「えぇ~」」
残念そうな声を揃ってあげる二人。
また今度遊ぶからと頭をぽんぽんとたたく殿下。
軽い足取りで私の元へやってくる。
「どうなさったんですか?」
「今度開かれるパーティーについて話しておこうと思ったんだよ」
そう言いながら私の隣に腰を下ろす。
「パーティー?」
「四日後、王城のホールで貴族たちを集めたパーティーがある。そこに俺たち王族も参加することになっている。ライとレナは不参加だがな」
「僕あのパーティー嫌い」
「全然楽しくないですもの」
二人からは意外な反応が飛び出す。
いつもなら、自分たちも参加したいと駄々をこねるところなのに。
「どんなパーティーなんですか?」
「特別何かするわけじゃないぞ。国中から貴族が集まって、お互いの近況やらを報告したり、親睦を深める場所……ってことにはなってる」
意味深な言い回しだ。
私は尋ねる。
「実際は違うんですか?」
「いや間違ってない。ただ、言い換えれば探り合いだ。どこの国もそうだと思うが、貴族の間にも優劣があり、派閥が存在している」
「派閥……」
「ざっくり二つ、俺たち王族を支持する者たちと、そうでない者たちに分けられる」
レイン殿下は以前にこう語っていた。
この国は貴族制度こそあるが、貴族と平民との間に理不尽な差はない。
貴族である者には相応の責任があり、それにふさわしい役割が与えられている。
その分、地位や発言権はあるが、国民の意見をないがしろにすることはない。
民あってこその国だと、誰もがわかっているからだ。
レイン殿下の父、現国王も地位に関係なく成果を残した者が優遇され、怠惰なものは冷遇されることは当たり前だと考えていらっしゃる。
貴族、平民の地位に関係なく、自分たちを平等に評価する姿勢を見せる国王に、人々も固い信頼を向けている。
ただし、それを快く思わない者たちもいる。
地位や名誉こそが至上。
生まれ持った才能、お金、権力で優劣がつく社会こそが正しいという思想を持つ者たち。
「貴族の中にもそういう考えの者たちがいる。別に間違った考え方じゃない。地位や爵位を大切にする考え方は、他の国でも当たり前にある。そこを否定する気はないが、この国にはこの国のやり方がある。他がそうだからと、合わせる必要もない」
「それが気に入らないんですね」
「ああ」
「多いんですか? そういう方々は」
殿下は数秒待って、大きく息を吸ってから答える。
「多くはない。俺が知る限りごく少数だ。大半は俺たちを支持してくれているし、現体制にも不満は抱いていない。そもそも父上は、貴族たちの意見を無視したりはしない。それが正しいと判断したのなら受け入れる」
「だったら反感を抱くことなんてない気がしますけど」
「そう簡単じゃないんだよ。貴族は選ばれた地位の者だから、優遇されなければならない。正誤の判定も、誰が唱えたかで決めるべきだと」
「そんなの……」
「ああ、自分勝手だ。だが、元来貴族とはそういう立場の人間だ。この国が普通じゃないんだろ」
確かにその通りだ。
私も貴族の家に生まれ、いろんな人と関わってきた。
誰もが地位、爵位、名誉を大切にしていた。
自分たちは一般人とは違うと、平気で言う人だっていた。
言葉には出さなくても見下している。
私の身近にいた人も……自分こそが正しくて、気に入らない者は悪だと勝手に決めつけている人がいた……。
悲しいことだけど、そういう考えが貴族らしいと思えてしまう。
「私は……この国の在り方のほうが好きです」
「そう言ってくれて嬉しいよ。俺も、今の国に満足している。国民も、俺たちも、誰もが活き活きと暮らせる世の中を維持したい。ただそれだけなんだ」
「殿下……」
「今度のパーティーはいろんな人間が参加する。初めて参加するお前は、彼らにとっても注目の的だ。確実に取り入ろうとする人間は現れる」
ごくりと息を飲む。
新たに王族の一員となった人間。
しかも他国から嫁いできた私は、貴族の方々にとっても異質な存在だ。
だからこそ、私がどういう人間か見定めようとする。
中には王族を快く思わない者もいて、そういう人間は危ない質問をするかもしれない。
「今から用心しておくんだ。パーティーではお互いの間に壁はない。俺も、常に傍にいられるとは限らない」
「は、はい……」
少し怖い。
そのパーティーに参加することが。
もしも殿下や、陛下たちを陥れようとする人に話しかけられたら……?
私はつつがなく、王子の妻を演じられるだろうか。