32.英雄の条件
第一次防衛戦はこちらの勝利に終わった。
さらに翌日、第二次防衛戦が勃発する。
しかしこれも。
「第一陣前へ! 一匹たりとも街へ近づかせるな!」
前日の戦闘で勢いづいた騎士団が魔物たちを圧倒。
危なげなく勝利を収める。
続く第三次防衛戦はその二日後。
予定されていた進行とは別に、新たな魔物の大群が発見される。
二方向からの進行、二種の魔物との衝突になった。
「無駄な戦闘は増やすな! 群れ同士を引き離すように立ち回るんだ! 弓兵部隊は牽制射撃開始!」
異なる群れ同士が衝突した場合、群れ同士が争いを始める可能性が高い。
ここが守るものもない場所であれば好都合。
しかし防衛側にとって、乱戦はもっとも避けねばならない。
指揮系統が乱れ、多くの犠牲者を出してしまう。
故に最優先は群れ同士を引きはがし、各個攻撃で対応することにある。
こういう時、殿下の存在は大きい。
「各員隊列を崩すな! 負傷したものはすぐに交代、後方支援に回れ」
「怪我をした方はこちらに!」
一方の指揮を殿下が担うことで、騎士団長の負担を軽減。
さらに判断の遅れを減らす。
私も怪我人の対応を手伝うことになった。
第一次、第二次に比べて激しい戦闘が繰り広げられる。
これも見事な指揮と騎士さんたちの頑張りによってなんとか突破した。
◇◇◇
「――軽症者七名、重傷者なし、死傷者もなし……素晴らしい戦果です。さすがは王国騎士団」
「我々だけの力ではありません。此度は心強い支援がありましたゆえ」
公爵様と騎士団長も交え、私たちは現状の確認をする。
騎士団長さんが私に視線を向ける。
「フィリス様、改めて感謝を。フィリス様のお陰で死者を出さずここまで戦ってこれました。騎士団を代表してお礼を言わせていただきたい」
「いえ、皆さんの頑張りがあってこそです。私は皆さんの手助けをしただけですから」
「その助力こそが必要なものでした。もし去年もあなた様がいてくださったら……と、思ってしまうほどに」
騎士団長さんは笑みをこぼす。
部下の方々が無事でホッとしている顔だった。
彼らを守れたこと、役に立てたことを誇りに思う。
私の付与は、ちゃんと現場で役立っていた。
それを確認できたことは、私に付与術師としての自信を持たせた。
「殿下もありがとうございます。的確な指示でした」
「褒められるほどではない。俺は昨年同様の仕事をしただけだ。結果が大きく違うのは、フィリスの存在が大きい」
「まさにその通り。フィリス様は我々にとって勝利の女神でございましょう」
「め、女神だなんて」
それはちょっとほめ過ぎというか……。
けど、素直に嬉しい。
そこに騎士の一人がやってくる。
「団長! 南東より魔物が進行しているとの情報が入りました!」
「数と種類、いつ到着する?」
「はっ! 数は三千から四千あまり、種類は第二次戦闘時とほど同じ、到着予想は明日の正午です」
「そうか。おそらくこれが最後の戦いになるだろう」
騎士団長はぐっと拳を握る。
その手を開き、指示を出す。
「各員に伝えろ! 明日の戦いに備えよと」
「はっ!」
気合は十分。
被害も最小限に抑えこみ、味方の士気も衰えてはいない。
それでも疲労は蓄積される。
魔物の大群との連戦、特に今しがたもっともはげしい戦いを終えたばかりだ。
そこに次の大群が明日の正午に迫る。
「……少々早いな」
「はい。しかしおそらくこれで此度の戦闘は終わります。最後の踏ん張りどころ、われら騎士団の意地を見せてみせましょう」
「頼もしいな」
「……あの、次で最後なのですね?」
全員の視線が私に集まる。
彼らの会話を聞いて、私にはある考えが浮かんでいた。
騎士団長が説明する。
「はい。各地にいる偵察隊からの報告では、それ以外に新たな群れは確認されておりません。ほぼ間違いなく、次が最後になります」
「そうですか……」
だったら私なりにやれることがある。
危険ではあるけど、一人でも多くの人を守れる秘策が。
「殿下、お願いがあります」
付与術師人生、一世一代の大仕事になりそうだ。
◇◇◇
翌日正午。
予想通り大群が迫る。
騎士たちはすでに待機しており、衝突に備えている。
そんな彼らの後方に私は立っていた。
「本当にいいんだな?」
「はい」
壁の上ではなく、騎士たちと同じ目線に。
文字通りの戦場。
危険ばかりがはびこる場所に立つ。
「お前の提案には驚かされた。そこまで度胸のあるやつだったとは、正直思わなかったぞ」
「私も……自分でも不思議です。こんなこと、昔ならできなかったし、考えもしなかったと思います」
自ら危険を冒してまで、誰かを守ろうとする。
自分のことだけで精いっぱいだった過去の私には、到底たどり着けない一歩だった。
でも、私は見た。
多くの人たちは命をかけている姿を。
私の力を信じて戦ってくれる人々を。
だから私はここに立っている。
危険を承知で、彼らと共に。
「殿下こそ、壁の上にいてもよかったのですよ」
「侮るなよ。妻一人を危険な場所に送れるか。皆が見ている」
「そうですね」
そこは心配だから、と言ってほしかったけど。
「来るぞ」
「準備します」
魔物の群れが迫る。
数は相変わらず多い。
騎士さんたちも構えるが、やはり表情には疲れが見える。
疲労による肉体の限界は、いつどのタイミングで訪れるかわからない。
もし戦闘中に倒れてしまったら?
そんなことはさせない。
「付与を開始します」
私がいる。
私の力は、彼らを守れる。
これまで数多くの付与を施してきた。
間違いなくこれが最大、最高の付与術。
騎士団全員を囲むほど巨大な魔法陣を展開させ、一斉に付与を施す。
「か、身体が軽く……」
「これがフィリス様のお力か」
生物への付与は長時間維持できない。
その代わり消費する魔力量は少ない。
彼らに付与した効果は二つ。
身体能力向上と、痛覚鈍化。
効果時間は約十分、その間に限り彼らは初戦と同等のパフォーマンスを発揮できる。
「行くぞ! 最後の戦いだ!」
戦闘が始まる。
あとはもう、見守るしかできない。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か?」
「はい。さすがに魔力が空っぽです」
「十分だ。この戦い、俺たちの勝利で終わる」
殿下は確信してた。
そして、間もなくして戦は終わる。
最後の戦いが最も早く、誰もが活き活きとしていた。
「フィリスは以前、自分は英雄じゃないと言っていたな」
殿下は語り出す。
フラフラの私を抱きかかえながら。
「今なら、英雄と呼ばれてもいいんじゃないか?」
「……そう、でしょうか」
もしも、英雄に条件があるのだとしたら。
今の私は――
「われらの完全勝利だ!」
「「「おおー!!」」」