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30/40

30.忘れてしまうから

「……にわかに信じられません、本当にこれだけの数を二日で……」

「言った通り、見てもらったほうが早かったようだな」


 倉庫に並べられた武器と防具。

 それらの半分に、私の付与が施されている。

 殿下と共に作業の見学にやってきたベリエール公爵は、驚きのあまり口をポカーンと空けていた。


「まだ半分です。できれば魔物の大移動が来る前にすべて終わらせないと」

「す、凄まじい速度。たった一人の力とは思えないですな」

「俺も初めて見た時は驚いたよ。こんな人材がいるものかと……意味合いは少々違うが、彼女もまた一騎当千の英雄だな」

「私は英雄なんかじゃありませんよ」


 褒めてもらえるのは嬉しいけど、私はそんな大したものじゃない。

 実際に戦うのは私ではなく、騎士さんたちだ。

 私にできるのは、彼らの負担を少しでも減らすことだけ。

 目の前に自分を殺せる存在がいる。

 死を感じながら、生のために戦わなければならない恐怖。

 言葉では表せても、私は体感したことがない。

 きっと恐ろしくて辛い……私なら怖くて逃げだしてしまうような恐怖と、みんなが戦っている。

 私なんかより、騎士の皆さんのほうがずっと英雄だ。


「私はただの裏方です。安全な場所にいる私に、英雄なんて言葉は相応しくありませんよ」

「謙虚、というより硬いな。もっと堂々と自慢してもいい立場だぞ」

「それはたぶん、一生無理だと思います」


 そう言って笑う。

 私の性格的に、自慢するとかは考えられない。

 仕事の出来に自信は持てても、私は私に自信が持てないでいる。


「まったく、俺の妻は奥ゆかしいな」

「奥ゆかしい……」


 そうかな?


「私は驚かされてばかりです。あれほど結婚を嫌がっていた殿下が、突然相手を見つけてきたという話にも驚いておりましたが……これほど優れた才を持つお方なら納得です」

「別に、才能で選んだわけではないがな。しいて言うなら……波長が合ったからか」

「なるほど、波長ですか。それは確かに必要なことでございますね」


 波長……。

 確かにそうかもしれない?

 一番は協力関係、利害の一致に他ならない。

 だけどお互いに似ている部分があったり、感覚を共有できたり。

 波長が合うという表現も、あながち間違いではない気がする。

 少なくとも今はそう思える。


「これから残りの作業もお任せして問題なさそうですね」

「はい。しっかり終わらせますから待っていてください」

「いやはや頼もしい。この街に常にいていただきたいほどですな」

「それは困るな。うちの弟と妹が飛んでくるぞ?」

「ライオネス様とレナリー様ですか。お二人とも仲良くされているようで、赤ん坊のころから知っている身としては微笑ましい限りです」


 ベリエール公爵の期待を背負い、私は残りの作業に没頭する。

 鎧、武器、装飾品。

 それぞれに付与を施す。

 倉庫の中心には複数の魔法陣を描いてある。

 それぞれに効果が違う付与を施す。

 あらかじめ物理的に魔法陣を書いておくことで、作業効率があがり、魔力と体力消費を抑えることができる。

 大量の付与を行う時に注意すべきなのは、付与の数が増えるほど増す失敗率と、魔力と体力を相当消費してしまうことだ。

 私は常人よりも魔力が多い。

 貴族の家柄の者はその傾向が強く、私も例外ではなかった。

 おかげで複数の付与にも耐えられる。

 ただ問題は体力のほうだ。


「ふぅ……」


 さすがに二日連続で作業を続けていると疲れが出てくる。

 宮廷時代に比べたらまだまだなのに、全身が疲れたと騒いでいる。

 この国でのんびりした時間を過ごした弊害か。

 心なしか、以前よりも仕事の速度が落ちている気もする。

 もっと集中しないと。

 いつ始まるかわからない戦いに備えて、私は気合を入れなおす。


「……」


 そんな私を殿下は心配そうに眺めていた。


 同日の夜。

 私はまだ倉庫にいた。

 武器や鎧を魔法陣の上に移動させ、付与を施し戻す。

 それを延々と繰り返す。

 流れ作業だけど、集中しないと失敗する。

 一秒も気は抜けない。

 実際を見たことはないけど、私にとっての戦場はここだ。


「次を用意して――」

「そこまでだ」


 肩をぐっと掴まれる。

 振り返るとそこには殿下が立っていた。


「殿下?」

「何時だと思ってるんだ? もう夕食の時間だぞ」

「え、あ……そうだったんですね」


 倉庫には時計がないから時間がわからない。

 というのは言い訳で、外を見ればとっくに真っ暗だ。

 夜になったことくらいわかる。

 けど私は今さら気づいた。

 作業に集中していると、他が見えなくなってしまう。


「あと少しやっておきたいんです」

「ダメだ」

「で、でも……」

「ダメと言ったらダメだ。お前は十分に働いている。だからもう休め」


 いつもより強めに、命令口調で私に言う。

 なんだか機嫌が悪いように見えた。

 私は何か失敗してしまったのだろうか。


「す、すみません……」

「はぁ……」


 大きなため息が聞こえる。

 やっぱり私が失敗して、殿下の機嫌を損ねてしまった?

 

「王城での生活にも慣れて、よくなったと思っていたんだがな……」

「殿下?」

「フィリスは仕事に熱中すると他が見えなくなるな。いや、自分のことも見えていない。疲れているのに無理をしている。無理をしている自覚もない。今がまさにそれだ」

「あ……」


 違う。

 怒っているんじゃない。

 殿下は……心配してくれているんだ。


「宮廷では誰も止めてくれなかったんだろ? だからこうなった。お前は自分自身が苦しんでいることに自覚がない。それはあまりに危険だ」

「……すみません」

「謝るな。悪いことをしているわけじゃない。ただ、無茶する必要もない」

「はい」


 殿下は優しく、私の肩に手を置く。


「お前はよくやっている。誰もが認めるだけの成果を出している。だからもう少し、自分を労わってやれ。もうその身体は、お前ひとりの物じゃない。俺の妻になったこと、忘れるな」

「……はい」


 昔の私は休み方を知らなかった。

 それを少しずつ知っていって……けど、仕事に熱中すると忘れてしまう。

 昔に戻ってしまう。

 辛く苦しかっただけの、あの頃に。

 殿下の手は力強く……それでいて優しく、私をあの頃から引き戻してくれる。

 もう、がんばり過ぎなくていいんだと。

本日ラストの更新です!


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