30.忘れてしまうから
「……にわかに信じられません、本当にこれだけの数を二日で……」
「言った通り、見てもらったほうが早かったようだな」
倉庫に並べられた武器と防具。
それらの半分に、私の付与が施されている。
殿下と共に作業の見学にやってきたベリエール公爵は、驚きのあまり口をポカーンと空けていた。
「まだ半分です。できれば魔物の大移動が来る前にすべて終わらせないと」
「す、凄まじい速度。たった一人の力とは思えないですな」
「俺も初めて見た時は驚いたよ。こんな人材がいるものかと……意味合いは少々違うが、彼女もまた一騎当千の英雄だな」
「私は英雄なんかじゃありませんよ」
褒めてもらえるのは嬉しいけど、私はそんな大したものじゃない。
実際に戦うのは私ではなく、騎士さんたちだ。
私にできるのは、彼らの負担を少しでも減らすことだけ。
目の前に自分を殺せる存在がいる。
死を感じながら、生のために戦わなければならない恐怖。
言葉では表せても、私は体感したことがない。
きっと恐ろしくて辛い……私なら怖くて逃げだしてしまうような恐怖と、みんなが戦っている。
私なんかより、騎士の皆さんのほうがずっと英雄だ。
「私はただの裏方です。安全な場所にいる私に、英雄なんて言葉は相応しくありませんよ」
「謙虚、というより硬いな。もっと堂々と自慢してもいい立場だぞ」
「それはたぶん、一生無理だと思います」
そう言って笑う。
私の性格的に、自慢するとかは考えられない。
仕事の出来に自信は持てても、私は私に自信が持てないでいる。
「まったく、俺の妻は奥ゆかしいな」
「奥ゆかしい……」
そうかな?
「私は驚かされてばかりです。あれほど結婚を嫌がっていた殿下が、突然相手を見つけてきたという話にも驚いておりましたが……これほど優れた才を持つお方なら納得です」
「別に、才能で選んだわけではないがな。しいて言うなら……波長が合ったからか」
「なるほど、波長ですか。それは確かに必要なことでございますね」
波長……。
確かにそうかもしれない?
一番は協力関係、利害の一致に他ならない。
だけどお互いに似ている部分があったり、感覚を共有できたり。
波長が合うという表現も、あながち間違いではない気がする。
少なくとも今はそう思える。
「これから残りの作業もお任せして問題なさそうですね」
「はい。しっかり終わらせますから待っていてください」
「いやはや頼もしい。この街に常にいていただきたいほどですな」
「それは困るな。うちの弟と妹が飛んでくるぞ?」
「ライオネス様とレナリー様ですか。お二人とも仲良くされているようで、赤ん坊のころから知っている身としては微笑ましい限りです」
ベリエール公爵の期待を背負い、私は残りの作業に没頭する。
鎧、武器、装飾品。
それぞれに付与を施す。
倉庫の中心には複数の魔法陣を描いてある。
それぞれに効果が違う付与を施す。
あらかじめ物理的に魔法陣を書いておくことで、作業効率があがり、魔力と体力消費を抑えることができる。
大量の付与を行う時に注意すべきなのは、付与の数が増えるほど増す失敗率と、魔力と体力を相当消費してしまうことだ。
私は常人よりも魔力が多い。
貴族の家柄の者はその傾向が強く、私も例外ではなかった。
おかげで複数の付与にも耐えられる。
ただ問題は体力のほうだ。
「ふぅ……」
さすがに二日連続で作業を続けていると疲れが出てくる。
宮廷時代に比べたらまだまだなのに、全身が疲れたと騒いでいる。
この国でのんびりした時間を過ごした弊害か。
心なしか、以前よりも仕事の速度が落ちている気もする。
もっと集中しないと。
いつ始まるかわからない戦いに備えて、私は気合を入れなおす。
「……」
そんな私を殿下は心配そうに眺めていた。
同日の夜。
私はまだ倉庫にいた。
武器や鎧を魔法陣の上に移動させ、付与を施し戻す。
それを延々と繰り返す。
流れ作業だけど、集中しないと失敗する。
一秒も気は抜けない。
実際を見たことはないけど、私にとっての戦場はここだ。
「次を用意して――」
「そこまでだ」
肩をぐっと掴まれる。
振り返るとそこには殿下が立っていた。
「殿下?」
「何時だと思ってるんだ? もう夕食の時間だぞ」
「え、あ……そうだったんですね」
倉庫には時計がないから時間がわからない。
というのは言い訳で、外を見ればとっくに真っ暗だ。
夜になったことくらいわかる。
けど私は今さら気づいた。
作業に集中していると、他が見えなくなってしまう。
「あと少しやっておきたいんです」
「ダメだ」
「で、でも……」
「ダメと言ったらダメだ。お前は十分に働いている。だからもう休め」
いつもより強めに、命令口調で私に言う。
なんだか機嫌が悪いように見えた。
私は何か失敗してしまったのだろうか。
「す、すみません……」
「はぁ……」
大きなため息が聞こえる。
やっぱり私が失敗して、殿下の機嫌を損ねてしまった?
「王城での生活にも慣れて、よくなったと思っていたんだがな……」
「殿下?」
「フィリスは仕事に熱中すると他が見えなくなるな。いや、自分のことも見えていない。疲れているのに無理をしている。無理をしている自覚もない。今がまさにそれだ」
「あ……」
違う。
怒っているんじゃない。
殿下は……心配してくれているんだ。
「宮廷では誰も止めてくれなかったんだろ? だからこうなった。お前は自分自身が苦しんでいることに自覚がない。それはあまりに危険だ」
「……すみません」
「謝るな。悪いことをしているわけじゃない。ただ、無茶する必要もない」
「はい」
殿下は優しく、私の肩に手を置く。
「お前はよくやっている。誰もが認めるだけの成果を出している。だからもう少し、自分を労わってやれ。もうその身体は、お前ひとりの物じゃない。俺の妻になったこと、忘れるな」
「……はい」
昔の私は休み方を知らなかった。
それを少しずつ知っていって……けど、仕事に熱中すると忘れてしまう。
昔に戻ってしまう。
辛く苦しかっただけの、あの頃に。
殿下の手は力強く……それでいて優しく、私をあの頃から引き戻してくれる。
もう、がんばり過ぎなくていいんだと。
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