29.無自覚発揮します
応接室に案内され、対面で座る。
のんびりした雰囲気だけど、公爵様の表情は真剣だった。
それもそのはずだろう。
「さっそく現状の報告を。すでにご存じかと思いますが、魔物の大移動の時期が迫っております」
この街最大の脅威、危機が迫っている。
毎年のことだからこそ、その恐ろしさを誰よりも痛感している。
備えなければ街が危ない。
街を管理する者として、対策を練る必要がある。
「騎士の方々の偵察によれば、今年の移動は最低でも三回に分かれると」
「方角は?」
「北から南が一、東から東北が二。この三つは確定のものと考えていただければ」
「魔物の種類はわかりますか?」
騎士団長の質問に対して、公爵様は複数枚の用紙をテーブルに置く。
先に魔物の動向を調べてくれた先遣隊の報告書だ。
そこには確認された魔物についても書かれている。
「今のところはこれだけです」
騎士団長が先に目を通す。
「なるほど。昨年とそこまで変わらないようですね」
「はい。ただ例年のことですが、我々の予想を必ず超えてくる。ここに記されている魔物だけではないことは確実でしょう」
「ええ」
私は殿下から、昨年やそれ以前の防衛作戦について簡単に聞いている。
流れは基本的に同じ。
先遣隊が周囲の魔物たちを確認し、彼らの動向を予想する。
発見された魔物に合わせた対策を練って本番に挑む。
しかしいつも、偵察では確認できなかった魔物や、他の群れが合流して巨大になって移動することが多い。
予想してもしきれないので、現場の判断に任せられる。
「毎年数が増えるのも考え物だな。去年はかなりギリギリの攻防だった。今年はそれを上回る苛烈さが待っているだろう」
「ええ、殿下のおっしゃる通りです。こちらも可能な限り万全の対策を練らなければ」
「ああ、そのためにフィリスがいる」
全員の注目が私に集まる。
ビクッと反応した私は、緊張しながら答える。
「最善を尽くします」
「フィリスはどう見る? この資料から」
報告書が騎士団長から私に渡る。
ペラペラとめくり、中身を確認した。
昨年のことも書いてある。
昨年は六度に渡って大進行があり、別方向からの進行が重なったこともあって、騎士団に大きな被害が出てしまったそうだ。
それに伴い、本年は人員の増加も行っている。
昨年に確認された魔物は……。
「一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「はい。なんなりと」
公爵様が答える。
「街を横断する魔物は毎年違うという話ですが、過去五年の資料は残っていませんか?」
「それはもちろん残っていますが、あまり古い資料は参考にはならないかと」
「他にどんな魔物が確認されたか知りたいんです。いくら毎年違うといっても、周囲の環境が大きく変わるわけじゃありません。なら、押し寄せる魔物の種類にも限度はあるはずです」
「確かに、絞ることはできましょうが、かなりの数が……」
「構わん。フィリスがほしいといってるんだ。持ってきてもらえるか?」
殿下が後押ししてくれる。
すると公爵様は頷き、殿下がそうおっしゃるならと席を立つ。
しばらく待って、過去の資料も持ってきてくれた。
私は資料に目を通す。
その間、三人は静かに待ってくれていた。
「お待たせしました」
「何かわかったか?」
「はい。出現する魔物の系統は把握しました。騎士団長、武器と防具、それから装飾品はどれくらい用意してありますか」
「予備も含めて兵力の三倍は準備してあります。装飾品類は五倍あります」
「必要になるだろうと思って俺が指示しておいた」
さすが殿下だ。
仕事が早くて先も見えている。
それだけあれば十分だろう。
「ありがとうございます。ではこういう形で付与を施します」
三人に向けて考えを話す。
ふむふむと聞く殿下と騎士団長。
公爵様は目を丸くして、驚きながら聞き入っていた。
「――というのはいかがでしょう?」
「なるほど。それだけ備えがあれば防衛も楽に済みますね」
「数は多いがいけるのか? フィリス」
「はい。お時間はかかります。戦いの日がいつになるかわからないので、重要度の高いものを優先で作っていくことにはなりそうです」
「さすがフィリス様です」
殿下と騎士団長さんは納得してくれたらしい。
あとは公爵様の反応次第だけど……。
「ほ、本気で言っておられるのですか?」
「もちろんです。これが私にできる最善の仕事になります」
「……にわかに信じられません。私も詳しいわけではありませんが、一人で熟せる量なのですか?」
「宮廷での仕事に比べたら、これくらい平気です」
宮廷で働いていた頃は、もっとギリギリの納期で量も多かった。
それもほとんど毎日だ。
多少忙しくはなるだろうけど、あの頃に比べたら全然マシだ。
だって、ちゃんと終わりが見えているから。
「ベリエール公爵の気持ちもわかる。実際に見れば嫌でも信じることになるぞ」
「な、なるほど。殿下がそうおっしゃるのであれば、お願いいたします」
「だそうだ」
「はい。お任せください」
三人の了承は得られた。
あとは実行するのみ。
信じてもらえるように、精一杯取り組もう。
この二日後。
私は予定していた作業の半分を終らせる。