28.期待値をあげないで
朝。
小鳥のさえずりを聞きながら、ゆっくりと目を開ける。
見慣れ始めた天井とは違う。
どこか懐かしさを感じる景色をぼーっと見つめる。
徐に横を向くと……。
「いない」
殿下がいなかった。
私は昨夜、殿下と同じベッドで眠った。
特に何かあったわけでもなく、お互いの話をしていたら、いつの間にか意識が沈んでいた。
慣れない馬車での移動で身体が疲れていたのだろう。
緊張が消えた途端に眠気が襲ってきて、目を閉じれば一瞬だったと思う。
私は身体をむくっと起こす。
「起きたか」
「殿下」
窓際から声がして、殿下と視線が合う。
寝巻ではなく、すでに正装に着替えられていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。ちゃんと眠れたみたいだな」
「はい。殿下は早起きなんですね」
「偶々だ。今日は早く起きただけで、遅いときもあるぞ」
殿下はそう言っているけど、たぶん殿下の遅いは普通の人の早い時間なんじゃないかと思う。
私も以前までは朝が早かった。
決まった時間に目覚めて仕事にいかないと、眠る時間が減ってしまうからだ。
この国に来てから急ぐことがなくなって、ゆったり眠ることができるようになった。
そのおかげなのか、最近は目覚めがとてもいい。
「俺は先に出て兵たちに指示を出してくる。お前も着替えて朝食の場に来てくれ」
「はい」
そう言い残して殿下は一人、先に部屋を出て行った。
私はベッドから降りて、昨日のうちに用意しておいた着替えを手に取る。
女性の着替えを邪魔しないように、殿下は先に自分の支度を済ませたのかもしれない。
そういう気遣いができる人だとわかってきた。
着替えを済ませた私は、殿下に遅れて部屋を出る。
屋敷の構造は単純で、初めての場所だけど王城に比べたらわかりやすい。
寝室は二階、食事をする部屋は一階の広間。
食事の席には私と殿下だけで、騎士さんたちは時間をずらして食事をとっている。
「フィリス、昨日も話したと思うが今日からが本番だ」
「はい。先に視察からですね」
「その予定だ。街を管理している者がいる。彼に状況を聞きながら案内してもらう予定だ」
各都市には管理者が一人以上いる。
王家に仕える貴族の中から選ばれる彼らは、実質各都市の王のような存在だ。
国を統べるのは王族だけど、すべての街や村を直接治めることは難しい。
人の眼、手の届く範囲には限りがある。
それ故に、信頼できる人物を頭に置き、管理を代行してもらう。
どこの国も同様にしていることだ。
「食べ終わったらすぐ出るぞ」
「はい」
朝食を終えた私と殿下は屋敷を出発する。
道中で騎士団長さんとも合流して、三人で向かうことになった。
街の中心にある役所と呼ばれている建物。
納税や街人の悩み相談に乗ったり、様々な業務を任されている国の機関。
ここにスエールを管理している貴族がいるそうだ。
王都でいうところの宮廷のような役割になる。
「お待ちしておりました。レイン殿下」
「ああ、久しぶりだな、ベリエール公爵。変わりないか?」
「はい。ご覧の通り元気です」
「そうか。以前より太ったか?」
「あはははっ……お恥ずかしながら少々運動不足でして。最近膝が悪くなってきたのですよ」
世間話を始める二人。
ベリエール公爵は、今年で五十を超えるご年配の方だった。
凛々しい髭と白髪は、どこか陛下に近いものを感じる。
見た目はちょっと怖そうだけど、話してみれば気さくで優しそうな人のようだ。
「騎士団長殿も! 相変わらずいい体つきをしてなさる」
「ありがとうございます」
「はっはっはっ」
ふと、公爵の視線が私に向けられる。
「して、そちらのお方は? 初めて見る方ですが」
「俺の妻だよ」
「なんと! この方が噂に聞く殿下を射止めた御仁でしたか! これは挨拶もせずに大変失礼いたしました。私はこの地を任されておりますベリエール・ボリティアノと申します。以後お見知りおきくださいませ」
彼は丁寧に、深々と頭を下げる。
王都では顔と名前が浸透してきているけど、少し離れるとまだ知らない人も多いようだ。
特に顔は、実際に見ていないとわからない。
私は王族の妻らしく、毅然とした態度で受け答えをする。
「殿下の妻のフィリスです。よろしくお願いします」
「フィリス様も来ていただいたのですね。確かお噂では、凄腕の付与術師であると」
「ああ、彼女の腕は一流だ。それは俺と」
「私も保証します。フィリス様の付与のお陰で、我々騎士団も大変助かっておりますので」
二人して私を褒めてくれる。
それを聞いた公爵様はふむふむと頷き、にこりと笑いながら私を見る。
「お二方がそうおっしゃるなら間違いありませんな。なんとも心強い助っ人だ。此度の防衛作戦に期待が高まります」
「その期待は裏切るかもしれないぞ。いい意味でな」
「なんと! そこまでとは」
「で、殿下……」
すごく私を持ち上げてくれる。
嬉しい反面、あまり期待の線をあげないでほしい。
私はそんなに大した人間じゃ……。
「ではさっそく、皆様に現状の報告と対策についてお話をしましょう。どうぞこちらへ」
「ああ」
公爵に続いて施設の奥へと進む。
道中、こそっと殿下の耳元でささやく。
「あ、あまり期待値をあげられると困ります」
「心配するな。お前が普段通りに仕事をすれば大抵は驚く。もっと自信をもて」
「そ、そんなこと言われても……」
こういうところは意地悪だ。
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