27.初めての夜?
「えっと……私たちの部屋……なんですね?」
「そういったぞ」
「たちっていうのはその……殿下と私ですよね?」
「他に誰がいるんだ?」
そうですよねぇ……。
「連れてきた人数が多いからな。屋敷の部屋全て使っても足りない。部屋を優雅に使う余裕はないぞ」
「わ、わかっています」
「そんなに一人がよかったか? それとも俺と一緒は嫌か?」
「そ、そんなことありません!」
私は大声で否定する。
自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
お腹の底から出たような、本音の声だ。
殿下も驚いて目を丸くしている。
「それはよかった」
「は、はい……」
「まぁ確かに、男女で同じ部屋というのはよくないが……構わないだろ? 対外的にも、俺たちは夫婦なわけだ。誰も不自然には思わん。むしろ別々のほうが不自然だと思われる。この国では」
「家族を大切にする、ですよね」
「よくわかってるな。つまりはそういうことだ。ここは王都でも城の中でもない。不特定多数の目がある場所だということを覚えておけ。そして意識しておくんだ」
殿下は真剣な表情でつぶやく。
「自分が誰の妻になったかを」
「はい」
私は頷く。
そう、私はもう宮廷付与術師ではない。
今の私はイストニア王国第一王子、レイン・イストニアの妻だ。
その肩書に、立場に見合った態度と振る舞いをしなければならない。
ここは王城の外、私を他者の目から守る壁は……ない。
「ふぅ……」
気合を入れるべきは、付与術師としてだけじゃなかったな。
王族の妻としてもしっかり振舞おう。
私はごくりと息を飲み、意識を改める。
「まぁ煽っておいてあれだが、気張るのは明日からだ。今日は特に予定もないぞ」
「あ、はい」
せっかく気合を入れたのに。
わざと煽ったのかな?
シュンと肩の力が一気に抜けていく。
「先に夕食だ。行こうか」
「はい」
殿下と共に夕食の場へ向かう。
二人きりの食事。
夕食の時間は騎士さんたちと別々だった。
静かな時間が流れる。
陛下やライ君たちと顔を合わせてからは、家族みんなで食事をとる機会が増えた。
だから久しぶりだ。
こうして殿下と二人だけで夕食をとるのは。
お茶会とも違う雰囲気を感じる。
そして――
就寝時間。
私と殿下は初めて、同じベッドで横になった。
もちろん横になっただけだ。
ただ私にとって異性と一緒に寝るというのは、刺激が強い体験だった。
ドキドキして眠れる気がしない。
そんな私を気遣ってか、隣から声が聞こえる。
「明日は現場の確認と、大移動に備えた作戦会議もある。どちらもフィリス、お前にも同席してもらうが構わないな?」
「は、はい。もちろんです」
「緊張するには早いぞ。まぁ気持ちはわかるがな」
「殿下も緊張するんですか?」
返ってきたのは静寂だった。
私はおもむろに、殿下のほうへ首を回す。
すると殿下も、私のほうへ視線を向けた。
「するさ」
そう、一言で答えた。
意外だと思った。
いつも堂々としている殿下は、緊張もしていないと思っていたから。
「殿下も緊張することがあるんですね」
「俺を何だと思ってるんだ?」
「す、すみません。その、いつも凛々しいというか、堂々とされているので……慣れていらっしゃるのかなと」
「慣れはある。が、俺たち王族は常に視線を受ける。それも様々な種類の、時には敵意もある」
敵意……。
この国にもいるのだろうか。
王族や貴族を快く思わない人たちが。
地位ある者が得るのはいいものばかりじゃない。
反感か恨みを買うことだって少なくない。
王族なんて特にそうだ。
「俺の一挙手一投足が、国の未来に関わる。だから常に考えているよ。何が正しくて、何が間違っているのか。皆が求める俺は、理想の王子とはなんなのか……」
いくら考えても答えはでない。
答えがわかるのは、示して結果が出た後だ。
殿下はため息交じりにそう言った。
本当に意外だ。
今の言葉は、殿下の弱音だった。
殿下も悩み、不安を抱えているんだ。
「……そうですか。殿下も」
「ふっ、どうしてそこで安心したような顔をする?」
「え? そんな顔をしていましたか?」
「していた。 自分と同じでよかった、とか思ったんじゃないか?」
図星だった。
殿下は時々、心の声が聞こえているんじゃないかと思えるほど、鋭く私の考えを言い当てる。
それとも私がわかりやすいのだろうか。
恥ずかしさからか、心臓がドクドクうるさくなる。
「誰だって不安や悩みは抱えているものだ。俺も、ライやレナも、父上たちもな。だがその悩みを国民に見せてはいけない。俺たちの不安が伝われば、彼らも不安になる。俺たちは王族、この国を支える人間が、弱音を見せてはいけないんだ」
それはまるで決意のように。
殿下は力強い視線と声で私に語り掛ける。
私もそうあるべきだと。
強く、示している。
「……はい」
「もし弱音を吐きたいときは、信じられる相手だけにしろ。たとえば家族とか……な」
「家族……」
だったら私は――
「殿下には、弱音を吐いていいんですか?」
「そういうことになるな。俺たちは……一応、夫婦だ」
「……そうですね」
殿下が私に弱音を口にしたのは、同じ理由だろうか。
夫婦だから、信じられる相手と思ってくれている。
だとしたら、なんて誇らしい。
殿下の新しい一面を見せられ、安心しながら……。
夜が更けていく。