26.スエール
遠征の日はあっという間に訪れる。
私と殿下は同じ馬車に乗った。
ゴロゴロと車輪が回り、揺れながら視界が移動していく。
王都を出る。
私にとって初めての経験が始まる。
「不安か?」
「いえ。不安よりも、不謹慎ですが楽しみです。私はまだこの国を知りませんから」
「そうか。なら手早く仕事は終わらせてよく見ておくといい。この国を、王都の外を」
「はい」
私がこの国に来て一か月以上経過している。
王城での生活には慣れて、新しい趣味も見つけて、充実した日々を送っている。
だけど私は、王城の周りのことしか知らない。
王都ですら、誰かに聞かなければ目的地にたどり着けない。
未だ私はよそ者だ。
この遠征は、私が城の外を知るのにうってつけだろう。
私たちを乗せた馬車が王城の敷地を出る。
地味な装飾の馬車だから、誰も王族が乗っているとは思わないだろう。
「あまり顔を出すなよ。俺たちが乗っていると知られたら、ちょっとしたお祭り騒ぎになるからな」
「私はまだ国民に覚えられていないと思いますよ?」
「案外見ているものだぞ? たった一回でも、王族とは目立つ存在だからな」
私も一応は国民の方々の前に顔を出したことはある。
この国に来てすぐ、披露宴の時だ。
王族の結婚は、その国の未来にも大きくかかわる。
どんな人物を妻に貰ったのか、国民たちも興味津々だった。
大勢の視線に慣れていなかった私は、終始緊張して引きつった笑顔を浮かべていただろう。
今ならもう少しまともな表情を見せられるかな?
王族も楽じゃないなとわかった瞬間だった。
馬車は王都の街を進む。
いろんな人が見える。
働く人、のんびり休憩中の人、何をしているかわからない人。
お店も、生活も様々だ。
「王都も広いですね」
「お前がいた国も広かっただろう?」
「私はほとんど宮廷に引きこもっていたので……」
「そうだったな。その点は今も大して変わらないか」
おかしくて笑う。
確かにその通りだ。
今も、王城に引きこもっているようなものだから。
それでも感じ方がまったく違うのは、この国で過ごす毎日が充実している証拠だろう。
「戻ったら王都の中も案内しようか?」
「殿下がですか?」
「他に誰がいる? こっそり国民の生活を見に行くのは慣れているからな。お前にその気があるなら同行させてやろう」
「ぜひお願いします」
殿下は時折、正体を隠して王都をめぐっているそうだ。
なんだか楽しそうな雰囲気もする。
仕事が終わってからの楽しみが、また一つ増えた。
◇◇◇
馬車を走らせ半日。
王都を出発した私たちは、途中休憩を挟みながら進み、目的のスエールへたどり着いた。
大自然に囲まれながら、溶け込めていない巨大な建造物。
岩石の壁が覆う場所こそ、件の街がある。
街を囲む巨大な壁は、近づくほどにその大きさで圧倒される。
「ここがスエールの街……」
「ああ。この国では二番目に大きい都市、第二の王都と呼ばれている」
その名の通り、壁の中には賑やかで鮮やかな街並みが広がっていた。
馬車の窓から見える景色は、王都のそれを思い出させる。
規模が王都よりも小さい程度の違いだろうか。
人口も多く、到着したのは日も落ちた頃だというのに、街中を歩く人の波が見える。
「賑わっていますね」
「今はちょうど夕食時だ。仕事終わりに酒を飲み、楽しむ者も多い。賑やかな辺りは酒場が多いぞ」
「本当ですね」
お酒を飲み交わしている男性が集まっていた。
おそらく冒険者の方々だろうか。
危険な依頼を終えた後に、お互いの無事と成果をかみしめている……のかな?
私の生まれ故郷にも冒険者の方はいたのだけど、残念ながら関わる機会はなかった。
噂で聞いた程度の知識しかない。
盗賊一歩手前の野蛮な人たちだとか、戦うことしかできない原始人とか。
宮廷では酷い言われようだったな。
「冒険者ってどんな方たちなのかな……」
「知りたければ直接見ていればいい。どうせ関わることになるぞ」
「え?」
「今回の防衛は街全体を巻き込む大仕事だ。街にいる冒険者にも協力してもらう。もちろん報酬付きでな」
「そうだったんですね」
だったら間近で見られるのか。
冒険者がどういう人たちなのか。
噂が事実か、ただの噂でしかなかったのか。
ちょっと楽しみだ。
馬車は街中を進み、一軒の屋敷にたどり着く。
「ここに泊まるんですか?」
「ああ、王家が所有する別荘だ。王都から連れてきた騎士たちも滞在する。さすがに全員は入りきらないから、そいつらは街の宿を借りさせるがな」
王都から同行した騎士は五千人弱。
すでにスエールに駐屯している騎士も二千人以上いる。
そこに冒険者の方々を加えた大部隊で、共にスエールを守る。
王都並みに広い街じゃなければ、あふれて野宿することになっていただろう。
もっとも、それだけ大きい街だからこそ、守るために必要な人数も多いわけで。
必然、私の仕事も多くなる。
私も気合を入れなきゃいけないな。
と、意気込んでいた私は……。
「ここが俺たちの寝室だ」
「はい……え?」
いきなり人生最大の機会を迎えていた。