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23.クッキー一枚

 テーブルに材料を準備する。

 クッキーにもいろいろ種類があって、それによって使う材料や調理法が違うらしい。

 今回はシンプルに作ろう。

 下手に趣向を凝らすより、最初はレシピ通りに。

 アレンジや工夫は上手くなってからでいい。

 そこは付与術と同じだ。


「材料はこれでよしっと」

「三つだけなの?」

「これでクッキーができちゃうんですか?」

「そうみたいだね」


 準備した材料は三種類。

 やわらかめの小麦を粉状にしたもの。

 お砂糖。

 植物由来の油から作った濃い黄色の食材。

 どれも普通の料理でよく見かける材料で、目新しさは特にない。

 私も使ったことのある食材ばかりだ。


「お姉様! クッキーってどうやってつくるの?」

「僕も知りたい!」

「じゃあ話しながら作るね。私も昨日覚えたばかりだから、おさらいしようかな」


 まずは小麦から作った粉を適当な大きさの袋に入れる。

 これは袋じゃなくてもいいらしいけど、一番これが簡単だと書いてあった。

 そこにお砂糖。

 殿下は甘いほうが好きらしいから、少し多めに。

 アレンジするならここに他の食材も加える。

 二つを混ぜたら袋を閉じて、振るう。


「振り振りするんだね!」

「うん。こうやって粉をもっとふわふわにするといいんだって」

「なんだか楽しそうですわ!」


 確かにちょっと楽しい。

 腕は疲れるけどね。

 時々中身を確認して、いい具体に粉に空気が混ざったところで三つ目の材料を投入する。


「姉上それ何?」

「えーっと、植物の油から作った材料で、名前はマーガリンだよ」

「マーガリン! パンに塗るやつだ!」

「そういう使い方も多いね」


 割と貴族や王族の間でも使われている食材だった。

 実際どうやって作っているのか知らないけど、美味しいから親しまれている。

 マーガリンを入れたら、今度は揉む。

 全ての材料が一つになって弾力が生まれる。

 粉っぽさがなくなるまでしっかり揉む。

 これも結構力がいる。

 非力な私にとっては、握力を鍛えるいい練習になるかもしれない。

 なんてことを考えながら揉み続けて。

 中身を確認して、粉っぽさが消えているかを見る。


「よし。大丈夫そうかな」


 これでクッキーの生地ができあがった。

 この時点でかすかに甘い香りがする。

 通常よりお砂糖を多めに入れたから、特に香るのだろう。

 マーガリンの香りと混ざっていい感じだ。

 私は袋から生地を取り出す。

 取り出した生地は真ん丸なお餅みたいになっていた。

 次の工程だ。

 これを太めの木の棒を使って、引き延ばしていく。

 薄すぎても厚すぎても上手く焼けない。

 よく見るクッキーと同じくらいの厚さになるまで木の棒をコロコロさせる。


「このまま焼いたらおっきなクッキーができそう!」

「それいい! 姉上おっきいクッキーにしようよ!」

「ふふっ、面白そうだけど大き過ぎたらお口で食べられないよ?」

「そんなことないよ! いっぱいお口開けたら……」


 ぐわーっと口を開けるライ君。

 しばらく無言で口を開けたまま、大きな生地と睨めっこ。

 ライ君は口を閉じる。


「全然入らない……」

「当たり前だよ!」


 現実を知ったライ君はしょんぼりしていた。

 可愛そうだけど、可愛い。

 この矛盾も微笑ましさの一つだ。

 

「一度じゃ食べられないけど、みんなで分けよう。今度大きいクッキーも作ってみましょう」

「ホント? やったー!」

「お姉様は優しいですね。さすがお兄様の奥さんです」


 なんだか恥ずかしい褒められた方をしているような……。

 褒められているのだから素直に喜ぼう。

 ライ君の無邪気な笑顔も素敵だったし、いつか挑戦してみたいな。

 そうこう考えているうちに、クッキーの生地をほどよく伸ばすことができた。

 今度は形作りだ。

 無難に丸いクッキーにしよう。

 厨房には型抜き用の道具が用意されている。

 せっかく使っていいと言われたのだから、ありがたくお借りしよう。

 型を生地にはめ込んでいく。

 ペタペタとハンコを押すように。

 ある程度の間隔をあけて。

 最後に枠の部分持ち上げていくと。


「うん、形はこんな感じでいいかな」

「真ん丸!」

「もう食べられそうですわ!」

「あとは焼くだけだね」


 型を取ったクッキー生地を専用のプレートに並べていく。

 厨房には一般家庭では見かけない道具や設備がたくさんある。

 これもその一つだ。

 飲食店なんかにもある熱した空気で食材を加熱する魔導具。

 こういう魔導具の進化が、国を、人々の暮らしを豊かにしている。

 あらかじめ熱しておいた魔導具に、生地を並べたプレートを入れる。

 高温なので火傷しないように。

 焼き時間は二十分ほど。

 それまでしばらく待っている。


「ちゃんと焼けるかな? 早く食べたいな!」

「大丈夫よ。だってお姉様が作っているんだもの」


 二人もワクワクしながら焼き上がりを待っている。

 王族が厨房に入って、自分で料理をしたり、料理する光景を眺める機会はあまり多くないはずだ。

 私たちは貴重な体験をしている。

 そして二十分。


「焼きあがったみたいだね」


 恐る恐る。

 出す時も火傷しないよう慎重に取り出す。

 焼き上がりは……悪くない。

 色もしっかりクッキーになっていた。


「できたー!」

「いい香りですわ」

「冷ましてから食べてみようっか」


 冷ますための魔導具も厨房にはある。

 焼きあがった直後はしっとりしているけど、冷ませばサクサクになると書いてあった。

 また少し待って、冷めたことを確認する。

 全員で一枚ずつ手に取り、せーので口に入れる。

 サク、と音がする。

 

「「「クッキーだ!」」」


 全員の第一声が重なる。

 美味しいとかよりも、クッキーになっていることに驚いてしまった。

 初めてだったから、ちゃんとできたことにホッとする。

 味はまぁ、普通だ。

 無難なクッキーの味がする。


「甘くておいしいよ!」

「さすがお姉様!」

「ありがとう。今後は違う味も試してみようかな」


 ただのクッキー一つ。

 それで二人は喜んでくれる。

 だったらもっとすごいものを作ってあげよう。

 そしたら……もっと幸せになれるから。

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