22.お菓子作り
お茶会の翌日。
私は王城にある書庫に足を運んだ。
「よいしょっと」
テーブルにどさっとおかれる積み重なった本。
本棚からかき集めてきた本は、すべてお菓子作りについて書かれている本たちだ。
私は本を置いたテーブルの前に座る。
上から一冊ずつ手に取り、中をペラペラめくって目を通す。
殿下には内緒にした私のやりたいこと。
それはお菓子作りだ。
殿下の好みが甘いものだと知って、お茶会の場だったから思いついたのだと思う。
二人きりのお茶会で、自分が作ったお菓子を一緒に食べる。
家族、夫婦らしい時間を演出できそうだったから。
幸いなことに、料理の経験はそれなりにある。
両親を事故でなくし、使用人を養うこともできなくて、屋敷からみんないなくなってしまった。
ラトラトス家の支援も、積み重なった借金を肩代わりしてくれただけだ。
必然、身の回りのことは自分でやらなければならない。
まだ子供だからと、誰かが助けてくれるわけでもなかった。
私は付与術の修業をする傍らで、自分で生きていくために必要な術を身に着けた。
掃除、洗濯、料理……家事と呼べることはすべて一人で熟した。
料理なんかは特に工夫をした。
ラトラトス家から支援されるお金にも限りがあったから、食材も無駄にしないように。
「けど、普通の料理とお菓子作りは違うなぁ」
本にはお菓子作りの基礎が書かれている。
同じく食べ物を作ること。
それでも考え方や作業の違いが顕著に表れている。
ただ包丁の使い方とか、見知った食材や道具の扱い方は心得ているから、まったく知らないままお菓子作りに挑戦するわけじゃない。
それは救いだったと思う。
次のお茶会は三日後だ。
それまでに何か成果を残したいと考えている。
「頑張ってみようかな」
こうして何かに打ち込むのも久しぶりな気がする。
付与術の修業をしていた頃を思い出す。
あの頃は必死だった。
生きていくためには力がいる。
まずは自分に足りない知識を集めて、付与術のことを理解した。
自分で試して、知識と実際に差がないか確認したり。
失敗の確率を減らすために、同じ付与を何度も反復練習もしたかな。
ハッキリ言って、楽しい時間ではなかった。
楽しむ余裕なんてなかった。
その点が、今とは大きく違うだろう。
私は夕方まで本を読み耽った。
翌日。
書斎で蓄えた知識を元に、実際に何か作ってみることにした。
シェフの方にお願いして、王城の厨房を借りる。
驚かれたけど、シェフは快く了承してくれた。
厨房にある道具や食材は自由に使ってもいいそうだ。
材料の手配をどうしようか考えていたから、すでに用意されていることに感謝する。
「さぁ、何を作ろうかな」
最初だし、無理に難しいものを作っても上手くいかない。
背伸びせず、今の自分に適したものを選ぶべきだ。
昨日見たお菓子作りの本を思い出す。
その中で手軽にできそうなものは……。
「クッキーとか?」
「姉上クッキー作るの?」
「私たちもお手伝いしますわ!」
「ありがとう。でもこれは私がやらないと――ってうわっ!」
慌てて下を見る。
ライ君とレナちゃん、二人が私の左右にピタッとくっついていた。
つぶらな瞳が私を見上げている。
いつの間にか厨房に入ってきていたらしい。
まったく気づかなくて、声を聞いて驚いてしまった。
心臓がドクドクいう。
「ふ、二人ともいつからいたの?」
「さっきだよ!」
「お姉さまを探していたら厨房だと教えてもらったの!」
「そうなんだ」
時計をチラッと見る。
確かにいつもこの時間に、二人が遊びに来ていたっけ?
私が部屋にいなかったから、わざわざ探しに来てくれたみたいだ。
そこまで私と一緒に遊びたかったのかな?
だとしたら嬉しくて、微笑ましい。
「お姉様クッキー作るんでしょ! 僕たちもやる!」
「ありがとうライ君。でも私もお菓子作りは初めてだから、最初は自分でやってみたいんだ。だから二人には味見をお願いできないかな?」
「もちろんですわ!」
「クッキー大好きだからいいよ!」
二人とも喜んでくれている。
どうやら二人もお菓子は大好きみたいだ。
レイン殿下の弟妹だからかな?
もしかすると、陛下や王妃様も甘いものが好きかもしれない。
だったら尚更頑張ろう。
いつか陛下たちも含めたみんなに、私が作ったお菓子を振舞ってみたいから。