20.たとえ偽りでも
タイトル少し弄りました
「君はどう予想する? 自分がいなくなった宮廷の現状を」
「……」
「わからないかい? 簡単だと思うのだけど」
私は沈黙を保つ。
予想はできる。
私が請け負っていた仕事が、そのまま誰かに移った。
候補として考えられるのは魔導具師のレイネシアさんだ。
付与術師の役割に一番近く、似た結果を残せるのは魔導具師だけ。
加えて彼女は天才と呼ばれていた。
突然浮いてしまった仕事を任せる相手として、これ以上の適任はいないだろう。
だとしたら……。
手が回っていない?
「レイネシアさんのためですか?」
「彼女のためじゃない。この提案は君のためだよ。見知らぬ異国で暮らすのは大変だろう。慣れた場所で、楽に暮らすほうがいいとは思わないか?」
「そんなこと、想像できません」
「安心してくれ。僕が必ず実現しよう。君は僕たちに必要な存在だったんだ。ぜひとも戻ってきてほしい。僕も、陛下も望んでいるよ」
びくりと眉毛を反応させる。
どうしてここで、陛下の名前が出てくるのか。
心がこわばる。
「宮廷での話は陛下にも伝わっている。陛下は少々お怒りだよ」
「どうして……陛下が」
「決まってるじゃないか。君が仕事を残して去ってしまったからだよ。陛下にとっても予想外だったようだね。たった一人がいなくなっただけで、宮廷が回らなくなるなんて」
やっぱり上手く回っていないんだ。
けど、それを私のせいだというの?
それはあまりに理不尽じゃない?
「今ならまだ間に合う。国に戻ろう。君だって、好きでもない相手の妻になるなんて、本心では望んでいないんじゃないか?」
「……」
サレーリオ様の話は、半分は脅しのようなものだった。
陛下の怒りが収まらなければ、もう二度と私はあの国へは戻れない。
それだけじゃない。
私が結婚した相手は、この国の王子だ。
事が大きくなれば国際問題になるかもしれない。
危険な未来が想像できてしまう。
国の規模だけなら、イストニアの倍はあるだろう。
もしも争いになったらこの国は……。
「これは君のためなんだよ」
ただ、私は苛立っていた。
私が望んでいること。
あなたが何を知っているの?
嘘ばかりだ。
そうやってまた私を騙す気でいる。
一度騙された後で、今さら信じられない。
上手く言いくるめて、自分の思い通りにしてしまおう。
そういう魂胆が見え透いている。
今から思えば、彼ほどわかりやすい人もいない。
考えが読めなかったのは、私が彼を信じてしまっていたからだ。
好きでいてしまっていたからだ。
今の私に、彼への思いはない。
だから今なら、よくわかる。
この薄っぺらい男の……考える全てが。
「……私は――」
口を開く直前、扉が開く。
ノックもなく、勢いよく走らせて。
大きな音を立てながら。
「遅れてすまないな」
彼が来る。
この国の王子で、私の夫が。
「殿下!」
「レイン王子……」
殿下が部屋に入ってくる。
走ってきたのか、少し呼吸が荒い。
サレーリオ様と殿下、二人が視線を合わせる。
「お呼びしたつもりはありませんが……?」
「呼ばれなければ来てはいけないのか? ここは俺の国、この城は俺の家、そして――」
殿下は歩み寄る。
駆け足で、私の元へ。
その手は私の肩を掴む。
「彼女は俺の妻だ」
「――!」
「……」
その言葉が……どこまで本心なのだろう。
わからないまま、胸がうるさい。
「妻が男と二人きりで会ってる。そんな状況が俺には許せなかっただけだ」
「許可は得ています」
「いいや、彼女と二人で話す許可は出ていない。ここは俺の家だと言ったはずだ」
「私は客人ですよ?」
「そうだな。だが、話はすでに終わっていたはずだろう? 俺は確か、すぐに帰国すると聞いていたんだが……」
殿下はギロっとサレーリオ様を睨む。
どうやら先に殿下とは本来の目的で話をしていたみたいだ。
その後に私と会うことを、殿下は知らなかった。
私の眼から見て、殿下が苛立っているように見える。
嘘をつかれたことに?
それとも……。
「ここは王城だ。客人とはいえ、部外者が自由に出歩いていい場所ではない。それとも貴国ではそれが普通なのか?」
「……これは失礼しました。彼女とは個人的に交友があったもので」
「そうか。ならば今後は気を付けてもらう。彼女はもう、貴国の人間ではない。この国の……俺の妻、フィリス・イストニアだ。勝手に連れ出そうなどと……考えないほうがいい」
殿下はニヤリと笑みを浮かべる。
「……聞いていたのですか」
「いいや、だが予想はつく。大方、彼女を連れ戻すために口説いていたのだろう? だが振られたな」
「まだ答えは聞いていませんよ」
「そうか。ならばこの場で聞こう」
殿下は私と目を合わせる。
いつにもなく真剣に。
「フィリスはどうしたい? 戻りたいか?」
「私は……」
「素直に言っていいぞ。国のことも、俺のことも考えるな。ただ、お前自身はどうしたい?」
まるで私の悩みに気付いているように。
そう言われたら、答えは一つだ。
私は――
「戻りたいとは思いません」
「だろうな」
殿下は笑う。
初めて見せる、無邪気な笑顔で。
「というわけだ。お引き取り願おうか」
「……わかっているのですか? 陛下は彼女が逃げたことにお怒りです」
「逃げた? 違うな。フィリスとの結婚はそちらの国王も同意している。書面も残っている。仮に勘違いがあったとしても、後から言えたことか?」
「それは……一国の王子としての発言ですか?」
「当然だ。俺はイストニア王国第一王子レイン・イストニア。俺の発言は王家の、この国の意志に相違ない」
ハッキリと、堂々と言い切る。
彼は、イストニア王国は、私を手放す気はないと。
そう言ってくれている。
意味を理解して、胸が締め付けられそうになる。
「わかりました。今の発言、陛下にもお伝えします」
「そうしてもらおう」
サレーリオ様は去っていく。
今度こそ……いや、次に会うことがあったらなら、その時は私も堂々としてみせよう。
王家の一員として。
彼の……レイン殿下の妻として恥じないように。
「余計なお世話だったか?」
「いえ、ありがとうございます。おかげで……」
スッキリした。
言いたいこと、全部代わりに言って貰えた。
私じゃ怖くて口にできないことも、殿下がちゃんと言葉にしてくれた。
自分でもびっくりだ。
代弁してもらったほうが心地いいなんて。
「殿下は……」
「ん? なんだ?」
「……いえ、なんでもありません」
私のことを、本当はどう思っているのか。
知りたいけど、聞かないことにした。
聞くのが怖いっていうのもある。
けど、どっちでもよかった。
この関係が偽物でも、偽りの夫婦でも構わない。
私は今が、この場所が好きだから。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『私はただの侍女ですので(大嘘) ~ひっそり暮らしたいのに公爵騎士様が逃がしてくれません~』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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