表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/40

18.戻りたいですか?

「フィリス、また次の依頼が来ているぞ」

「ありがとうございます。引き受けますね」

「まだ内容も言ってないんだが……」

「モーゲン大臣からの依頼ですよね? それならお受けしても大丈夫です。あの方はちゃんと私の生活のことも考えてくださっていますから」


 いつもの茶会で殿下と二人、のんびり過ごしながら仕事の話をする。

 モーゲン大臣からの依頼は、あれから定期的に来るようになった。

 一度話をして、私の付与術を間近で見てもらったから、より信用して頂けたのだろう。

 嬉しいことに騎士団からの評判も悪くない。

 大臣や騎士団長は、私の生活を損なう仕事量は絶対に要求してこない。

 また次もお願いしたいと言われたら、内容を聞くまでもなく頷ける。


「最近、少しずつ仕事が楽しいと思えるようになったんです」

「へぇ、前は違ったのか?」

「はい……お恥ずかしながら」


 自分で選んだ仕事なのに、一度も楽しいなんて思えなかった。

 余裕がなかったんだ。

 仕事量の多さも理由の一つだけど、借金があったことも大きかった。

 私が生活できるのは、借金を肩代わりしてもらったから。

 一日も早く、少しでも早く恩を返さないといけない。

 その危機感が、私の心を急かしていた。

 今は、慌てる必要もない。

 仮に仕事を断ったとしても、誰も私を責めたりしないだろうから。


「楽しんでいるなら止める必要もないな。じゃあ頼むぞ」

「はい。喜んで」

「感謝するよ。それじゃ俺はもう行く」

「もうですか?」


 殿下が席を立つ。

 お茶会は始まる時間は決まっているけど、終わりは決まっていない。

 いつも一時間くらいはゆっくりしている。

 最近は徐々に時間が短くなっていた。

 今日は特に早い。


「すまないな。仕事が溜まっていて、すぐに戻らないと終わりそうにないんだ」

「そうなんですね……私もお手伝い出来たら」

「王子の仕事だ。他人に任せられるものじゃないし、そうするべきじゃない」

「――!」


 ズキンと、胸が痛む。

 どうして?


「気持ちだけ受け取っておくよ」

「はい。無理はなされないでくださいね」

「ああ」


 去っていく後ろ姿を見つめながら、私は自分の胸に手を当てる。

 どうしてショックを受けたのか。

 考えて、すぐに答えはでた。


「他人……か」


 その一言が悲しかった。

 夫婦になっても、彼にとって私は他人でしかない。

 少しずつ打ち解けているつもりだった。

 心の距離も近づいている気がしていた。

 だけど所詮、私たちの関係は……。


「形だけ、なのかな」


 そう思うと、無性に悲しくなる。

 わかっていたことじゃないか。

 あの日、私たちは互いの利益のために手を取り合った。

 利害の一致。

 感情ではなく、勘定によって結ばれた縁。

 好きだから、夫婦になった。

 普通の関係とはそういうもので、私たちには縁遠い。

 この先もずっと……。


「贅沢なのかな」


 一つ先のことを思ってしまうんだ。

 今が幸せだからこそ。

 私は自分が思っているよりも、贅沢を求める性格だったらしい。

 今よりも幸せな時間を、期待してしまうのだから。


  ◇◇◇


「此度の依頼も完璧にこなしていただきありがとうございます。騎士団の者たちも大満足しておりました」

「お役に立てたなら光栄です」


 廊下を歩いている途中、偶然モーゲン大臣と出くわした。

 軽い挨拶のつもりで話が始まって、大臣が私の仕事を褒めてくれた。

 廊下の真ん中で少し恥ずかしいけど、褒められるのは嬉しい。


「また必要があれば依頼してください」

「ええ。フィリス様がこの国に来ていただいていいことばかりですね。フィリス様ほど優れた才能を持つ方もそういないでしょう」

「私はただ自分にできることをしているだけです」

「謙遜なされないでください。私も仕事柄、多くの者たちを見てきました。その中でもフィリス様は特別に優れた才をお持ちだ。しかも努力家で、その才をぐんと伸ばしていらっしゃる」

 

 こんなにもベタ褒めしてもらえる機会は初めてで、恥ずかしさで反応に困る。

 私としては当たり前の仕事をこなしただけだった。

 宮廷では怒られてばかりいて、褒められることもなくて。

 だからできて当然のことをしただけで、褒められることに戸惑いすらある。

 果たしてどちらが普通なのか。

 ただ一つハッキリしている事実は……。

 褒められるほうが、次の仕事に取り組む姿勢も前向きになる。


「これだけの技術を持っているとなれば、さぞ困っているでしょうね。お隣の国も」

「それは……どうなんでしょう」

「おや、あまり居心地のよい場所ではなかったのですか?」


 私が宮廷でどういう扱いを受けてきたか。

 事情を完全に把握しているのは、この国でもレイン殿下ただ一人。

 大臣は何も知らない。

 だから、この質問にも悪意はない。


「そうですね」

「……ふと聞いてみたかったのですが、戻りたいとは思わないのですか?」


 不意打ちの質問にびくっと身体が反応する。

 

「戻る……ですか?」

「ええ。こんな話、殿下の前ではできませんが、フィリス様はついこの間まで隣国で働いていらっしゃった。それが今、こうして生活が大きく変わっている。国には友人もいらしたでしょう。生まれ故郷なら思い入れもある。戻りたいと思っても不思議ではありませんので」

「私は……」


 戻りたいなんて思ったことはない。

 あの国には思い出がある。

 けど、いい思い出よりも、辛かった思い出のほうが多かった。

 そのほとんどが宮廷での思い出だ。

 逆に言えば、宮廷時代を除けば、それほど悪くはなかったかもしれない。

 両親がいて、幸せだった頃も確かにあった。

 あの頃に……戻れるなら戻りたいと、思う時はある。

 私の本物の家族は、もういない。

 それでも、過ごした思い出は残っているから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! URLをクリックすると見られます!

https://ncode.syosetu.com/n5028ig/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

5/10発売です!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000



5/19発売です!
https://m.media-amazon.com/images/I/71BgcZzmU6L.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ