12.天才なんです……か?
「姉上! また空が飛びたいです!」
「ずるいわよライ君! 私だって飛びたい! お姉様お願いします!」
「いいよ。でも危ないから室内だけね? 殿下にも外ではやらないように言われているの。それでもいい?」
「「はい!」」
二人の元気いっぱいな声が部屋に響く。
あれから二人と仲良くなって、毎日のように私の部屋を訪ねてくるようになった。
どうやら私は賑やかなのは嫌いじゃないらしい。
二人のおかげで毎日退屈しない。
付与術を使う機会も得られて、ほどよく練習にもなる。
トントントン――
扉をノックする音に続いて、殿下の声が聞こえる。
「俺だ。入っていいか?」
「はい」
扉が開く。
殿下を見つけた途端、二人が駆け寄る。
正確には宙に浮いたまま。
「兄上!」
「お兄様!」
「やっぱりお前たちも一緒だったか。ここのところ毎日来ているんじゃないか?」
やれやれと首を振る殿下。
私に視線を向ける。
「すまないなフィリス」
「いえ、私も楽しいですから」
「そう言ってもらえると助かるよ。二人の相手をしてくれているおかげで、俺も仕事が捗るんだ」
そういうこと。
私がいなかった頃は、殿下が二人の相手もしてあげていたのだろう。
たくさんお仕事を抱えながらは大変だったはずだ。
ここ数日でよくわかったけど、殿下は誰に対しても優しいけど、特に身内には甘いようだ。
「今日のお仕事は終わったのですか?」
「いやまだ残っている」
「そうですか。では様子を見に?」
「それもあるが、今日はフィリスに話があってきたんだ」
「私にですか?」
殿下は、ああ、と一言口にして無邪気に彼の周りを飛び回る双子の兄妹を軽く避けながら私のほうへと歩み寄る。
「前に依頼した仕事を覚えているか?」
「はい。遠征に使う道具の付与、ですね」
そういえば、あれから十日以上は経過している。
ということはすでに私が付与した道具は使われたのだろうか。
完璧に付与は成功しているし、何年も続けてきた仕事だから自信はあるけど、皆さんが満足してくれたかは気になる。
「ちょうどさっき、遠征部隊が帰ってきたんだ。話を聞いたら絶賛していたぞ? お前の付与を」
「本当ですか?」
「ああ。こんなにも楽に遠征から帰還できたのは初めてだと、次もお願いしたいそうだが……どうする?」
「もちろん。私でよければ協力させてください」
喜んでもらえたようでホッとする。
嬉しい言葉も貰えたし、次の仕事も気合を入れていこう。
もう十分に休んで身体も軽い。
今なら宮廷時代よりも速く正確な仕事ができる、気がするよ。
「次はいつですか?」
「気が早いな。まだ少し先だ。その前に一度、今回の依頼をくれた大臣がお前に会いたがっている。そこで仕事の話もしよう」
「わかりました」
「よし。それじゃまた、後で詳細を伝えるよ」
そう言って殿下は部屋を後にする。
私は二人の相手をして一日を過ごした。
◇◇◇
翌日の午後。
殿下の計らいで、私は大臣の方と話をすることになった。
指定された場所は騎士団の隊舎、その応接室。
長机を挟んで私と殿下が隣に座り、対面には大臣ともう一人の屈強な男性が座っていた。
「初めまして。私が国の防衛を主に取り仕切っております大臣のモーゲンと申します。こうしてお話しできる機会を頂き、まことに感謝いたします」
「こちらこそ、お会いできて嬉しいです」
私はその隣の人に視線を向ける。
先の話では大臣との話だったはずだけど……。
視線に気づいた男性は、改まって口を開く。
「失礼、自己紹介をさせていただきます。私は王国騎士団の団長をしております。騎士のアルベルトです。どうぞお見知りおきください」
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見た目からして強そうだとは思っていたけど、騎士団長さんだったみたいだ。
「フィリス・リー……イストニアです」
癖で前の家名を言いかけた。
まだ結婚して長くない。
慣れるまでには時間がかかりそうだ。
「よく存じております。フィリス様が付与してくださったおかげで、遠征に参加した騎士たちが無事に帰還することができました。騎士団の代表として、深く感謝いたします」
彼は深々と頭を下げた。
私の倍以上は年が離れているであろう男性が。
申し訳なくてアタフタする。
「い、いえ、頼まれた仕事をしただけですから」
「そこは堂々としていればいいんだ。いつも言っているだろ?」
「す、すみません」
「はははっ、フィリス様は謙虚な方のようですね」
モーゲンさんが優しい声で笑う。
優しい人そうでホッとする。
私が知る大臣はいつも偉そうにしていて、あまりいい印象がなかったから。
国が違うと、役職に就く人柄も違ってくるのだろうか。
「本日は次のお仕事の依頼をする前に、フィリス様とお話する機会を頂きたく殿下にお願いいたしました。不躾ながらいくつか気になることがございまして、質問させていただいてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです」
「ありがとうございます。では――」
モーゲン大臣からの質問はなんてことのない世間話だった。
いつ頃から付与術を使えるようになったのか。
どういう修行をしたのか。
宮廷では具体的に、どんな仕事を任されていたのか。
今さら隠すことでもないので、私は包み隠さず素直に答えた。
「いやはや驚きです。つまり師もなく自力であれだけの技術を身に着けたと」
「過酷な環境を乗り越えたのも、フィリス様の才あってのものでしょう」
「ええ、まさに天才でしょう。これほどの才能、わが国でも稀ではありませんか? 殿下」
「そうかもしれないな」
天才……。
そう評されたのは初めてかもしれない。
あまり考えたことはなかった。
自分に才能があるか、なんて。