11.幼い日の思い出
「わーい! 届かないだろー!」
「ずるいわよライ君!」
楽しそうに遊ぶ二人。
それを私とレイン殿下が一緒に眺める。
なんとも微笑ましい光景だ。
見ているだけで癒される。
「一体どうやったんだ?」
「はい?」
「あの二人とこうもあっさり打ち解けるとは思っていなかった。てっきり詰め寄られていると予想していたんだがな」
子供二人に詰め寄られる自分を想像する。
さすがに格好悪すぎる。
けど普通にありえた未来だから、無性に情けなくなる。
「あははは……二人がいい子だったおかげだと思います」
「素直なことは確かだが、素直過ぎる。大方ここへ来たのも、お前のことを試すため、とかじゃなかったか?」
「その通りです」
さすが二人のお兄さん。
殿下には二人の考えていることはお見通しのようだった。
つまり急いできたのも、私のことを心配してくれたからなのだろう。
この人は本当に……。
「二人は小さいころから可愛がったからな。おかげで今でも俺にべったりだ」
「そうみたいですね。二人に聞いたら、殿下のことが大好きだと言っていました」
「そうか」
殿下は嬉し恥ずかしそうにはにかむ。
そんな顔もするのだと、少し驚いてしまった。
初めて会った時の印象は、意地悪で豪快な人みたいという感じだったけど、関わるほどに印象が変わっていく。
「お前と結婚する話をしたとき、二人ともひどく驚いていたよ。まぁ当然だがな。ずっと縁談も断っていた俺が、異国から妻を連れてきたら誰でも驚く」
それに一番驚いているのは私かもしれない。
未だに信じがたい。
自分が殿下の妻に選ばれて、こうして隣で一緒に話していることも。
「それで結局どうしたんだ?」
「付与術を見せてあげました」
「さっきのか?」
「はい。私が自慢できることはこれくらいですから」
二人は付与術についてあまり詳しくなかった。
だからこそ興味を引けたのかもしれない。
魔法が使えなくても特別な力を扱える。
魔導具よりも手軽で、私のさじ加減で効果も細かく変えられる。
この場で見せて、体験してもらうにはうってつけの力だ。
「魅せる付与術か。そういう使い方もあるんだな」
「私もこんなことで使ったのは初めてです。けど……」
悪くなかった。
仕事で使うだけだった付与術が、二人を喜ばせる結果につながった。
流れ作業じゃない。
どう見せれば二人が驚いてくれるか。
喜んでくれるか考えるのは、意外と楽しかったんだ。
「なんだか昔を思い出しました」
「昔?」
「宮廷時代か?」
「いえ、ずっと前の……私がまだ小さかった頃のことです」
私が初めて付与術を使ったのは、五歳の時だった。
それまで自分の力を自覚していなくて、偶然使ってしまったのが最初だ。
あの時は驚いた。
両親の結婚記念日をお祝いしたくて、何かできないかと子供なりに考えていたら、自分が付与術師であることを知った。
サプライズで両親に見せた時の反応も覚えている。
すごく喜んでくれたことも。
「そういえば深くは聞いていなかった。お前がどうして宮廷で働いていたのか。借金があったことも」
「そうでしたね……」
「別に無理に聞くつもりはない。誰だって忘れたい過去はある」
「……いえ、もう過去のことですから」
隠すことでもないし、話すことに躊躇はない。
私たちは夫婦になった。
政略結婚だけど、紛れもない家族になった。
だったら私のことを知ってもらいたい。
どんな形であれ、新しい家族に。
私は殿下に、今日までのことを話した。
貴族の家柄に生まれ、突然何もかもを失ってしまったことを。
身売り寸前だった私をラトラトス家とサレーリオ様に助けられたことも。
借金を返すために宮廷で働き、また一人になった私は、偶然殿下と出会った。
そして、今ここにいる。
「壮絶な人生だな」
「……」
「まったく大した奴だ。よく折れずにやってこれたと思うよ」
「殿下……」
殿下の横顔は、笑っているように見えた。
とてもやさしくはかなげに。
その表情の意味を、私は知らない。
「あの場所で、お前を見つけたのは単なる偶然だった」
殿下が語り出す。
「意図したわけじゃない。正直言って、誰でもよかったというのが本音だ。俺はただ、婚約だの結婚だの迫られる日々に嫌気が差していた。お前も、あの環境から抜け出すために選択したことだ」
「……はい」
「ただ、なんだ。あそこで出会ったのがお前でよかった」
「殿下……」
意外な一言だった。
私たちの関係は特殊だ。
恋ではなく、思い出もなく、利害の一致から手を取った。
この先もずっと、互いが必要である限り関係は続く。
私もあの時は同じように思った。
この地獄から抜け出せるならなんでもいい、と。
けど、今は……いいや、今も彼と同じで。
「私もそう思います」
偶然でも、奇跡でも。
彼と出会い、声をかけてくれたことは幸運だったに違いない。
そう思える。
「経緯はどうあれ、今の俺たちは夫婦だ。夫婦らしく過ごす、なんてことは難しいが……そうだな。仲良くはしていこう」
「はい」
「二人のことも頼むよ。あいつらはわんぱく過ぎるからな。俺が見ていない時、はしゃぎすぎて怪我をしないよう見ていてやってくれ」
「もちろんです。私も、今は二人のお姉さんですから」
ここはきっと私にとって幸せな場所なのだろう。
ただ少しだけ、モヤっとした気持ちがあった。
その理由に、今はまだ気づけない。