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真夜中の同乗者

作者: つばさ

 降りしきる雨の中、溝内は田舎道で車を走らせていた。

 時刻は午前2時。本来であればとっくに家の布団で寝ているはずの時間というのにも関わらず家までの道のりは遠い。なぜ溝内がさびれた田舎道を走る羽目になったのか。話は8時間前にさかのぼる。


 午後6時、珍しく仕事がきりよく終わり定時で帰宅しようしていていた矢先に溝内は課長から声を掛けられた。

 「溝内、お前今日のこれから空いてるか?空いてるよな?ちょっと客先行ってきてくれ。」

 「もう定時で上がるところなんですけど。」

 「課長命令だ。悪いな。」

 課長命令を断れるのならもっと違う人生だっただろうと思いながら不承不承で引き受けたのが運の尽き。この時間に頼むなら近場だという予想は見事に外れ、片道3時間かかる田舎道を走る羽目になったのは不運としか言いようがない。

 さらに悪いことに客先に着いたとき目当ての人は食事に出ていて、結局仕事が終わって向こうを出発したのは12時を少し回ったころになってしまった。いっそのこと明日の朝一番で帰ることも考えたが、仕事なのに自腹で宿泊するのもばからしいのでこうして深夜にしたくもないドライブを強いられているのである。


 「また赤信号か」

 田舎道のくせにやたら赤信号に引っかかるのも溝内のイライラに拍車をかけていた。車を停車させ、たばこに手を伸ばした時に。ふと。気配がした。

 正面を見ると目の前の横断歩道を白いワンピースを着た若い女性がうつむきながらわたってる。こんな時間に女性が一人で歩いている。それだけで十分おかしいがその女性はさらに降りしきる雨の中、傘をさしていなかった。

 (訳アリかな。)

 そう溝内が考えたのも無理のない話ではある。普段であれば面倒ごとにはかかわらないようにしているが、魔が差したのか溝内は窓を開けて女性に声を掛けた。


 「すみません。こんな時間に傘もささずにどこに行くんですか?」


 女性はひどく緩慢な動きでこっちを見たが、口を開く様子はない。

 不審に思ったが、雨で声が届かなかったのかもしれないと気を取り直して、

 「もしよかったら乗っていきますか?」

 と再度声を掛けた。

 すると女性はまたひどく緩慢な動作で少しだけ首を縦に振った。

「じゃあ、後部座席に乗ってください。送りますよ。」

 女性は再びうなずくと、後部座席に乗り込んだ。


 「どちらまで送りましょうか」

 「xxまでお願いします」

 女性の声はか細く雨の音でかき消されそうなほどだったが、聞き取れた場所はここから少し行ったところにあるらしい。

 「了解です。xxまでなら30分くらいですね。」

 そう溝内が問うと女性は少しだけうなずいた。


 車のヘッドライトが暗い闇の中を切り開きながら進む。ボンネットをたたく雨の音がだんだんと大きくなってきた。溝内は雨の音を聞きながら一人思案していた。この女性をなぜ送ろうと思ったのだろうかと。

 普段であればたとえ雨の中傘をさしていない人がいても車を止めて、なおかつ家まで送り届けようとは思わないはずである。ただでさえ上司の理不尽な仕事を終え深夜ドライブを強いられている身の内である。人助けする心境になれるとは思えない。

 では下心だろうかというとそれも少し違う気がする。バックミラー越しに女性を見る。しばらく雨に打たれていたのだろう、髪の毛からは水が滴り、ワンピースをまだらに染め上げている。年齢は20歳くらいか、うつむいていて表情はわからないが、車に乗るときにちらっと見えた顔の感じ美人の部類に入るだろう。溝内の好みではないが、男性からのアプローチは多かろう。

 善行でも下心でもないとすれば残るは同情だろうか。雨に打たれ帰宅する女性の姿を見て自分を重ねてしまうのはわからないでもない。

 結局自分のはっきりしとした動機はわからなかったが、溝内はそこで考えるのを放棄した。刑事でもあるまいし動機など探ることに意味がないだろう。


 車を走らせること20分。住宅街を抜けて何もない山に差し掛かった。この山を越えれば目的地はすぐそこである。この辺りの山道は見通しの悪いカーブの連続で時々事故も起きているらしい。幸い雨脚は弱まってきたらしく、視界も先ほどよりかはよくなっている。すると突然女が声を発した。


 「......ですよ。」

 「え?」

 女性の声はとても小さく、思わず聞き返す溝内。


 「ここでいいですよ。」

 「ここって...。何もないですよ?それとも森にでも住んでるんですか?」

  

 「ふふっ。」女性は少しだけ微笑んで、


 「住んでるんじゃないですよ。...これからあなたが住むんです。永遠に。」

 「はい?えっ...?」


 バックミラーを見ると女性の姿は見えなくなっている。ほんの一瞬前まで会話していた相手車内から忽然と姿を消してしまった。

 溝内は慌てて車を止め......られなかった。


 「は?どうして、ブレーキが利かないんだよ!?」


 突然のブレーキの不調。これも消えた女と何か関係があるのか。目の前にガードレールが迫る。ガードレールの先は崖になっていて、おそらく落ちたら助からないだろうということは容易に想像できた。


 「とまれ!とまれ!」


 何度ブレーキを踏みこんでも、一行にスピードが緩む気配はない。

 迫るガードレール。落ちないスピード。利かないブレーキ。

 あわや激突する直前。溝内は意を決してドアを当て、外に飛び出した。


 慣性の法則に従って地面を転がる溝内。天地は反転し方向を見失う。

 しばらく回転したのちに溝内の体は止まった。

 痛む体にむち打ち車の行方を見ると、ガードレールの一部がぽっかりと空いていた。車は勢いよくガードレールを突き抜け崖の下に消えたのだろう。


 「助かったのか?」

 体中が擦り傷と打撲だらけでひどい痛みに襲われているが、それも生きている証左。上体を起こす気力もなく仰向けになり天を見る。先ほどまで降っていた雨はやんでいた。

 

 しばらくそうしていただろうか。体の痛みにも慣れてきた溝内は事後処理する必要に思い至った。溝内は満身創痍の体で起き上がり崖の上から自分の愛車を見下ろす。どうやら下の樹木がクッションになったらしく、爆発することなく原形をとどめてる。


 「警察?それともJAFを呼ぶか。それより先に救急車がほしいくらいだが。」

 自分の体のことよりも事故の処理のほうを先に考えてしまった自分に苦笑しつつ、ポケットからスマホを取り出す。

 スマホに水滴がつく。また雨が降り出してきたようだ。

 車から飛び下りた時の衝撃で液晶画面は無残に割れてしまっているが、どうやらまだ動くらしい。自分といいスマホといい悪運が強いなと思いながらどこにかけるか逡巡したのち119に電話した。

 

 電話はすぐにかかった。

 「119番――です。火事――急で――」

 スマホのほうがどうやら無事では済まなかったらしい。電話の先の音声がとぎれとぎれになっている。


 「救急です。」

 「あな――――――――住――くださ――。」 

 ノイズにまみれていてもはや何を言っているのかわからない。

 

 「すみません。ノイズがひどいの聞き取れないです。。xxで事故を起こしてしまったので救急車をお願いできますか。」

 相手の言っていることがわからなくても、最悪ここの住所だけ伝えて救急車呼んでもらえるかと考えていると。突然。






 『あなたは死んでここに住んでください。』






 今度ははっきりと耳元で女性の声がした。と同時に、

 

 とん。


 と背中を押す感触。

 

 崖の上で車を見下ろしていた溝内は当然のことながら、空中にその身を投げ出す形になる。

 突然のことに声を出すことさえできない溝内。空中で身をよじり振り返るとそこには、先ほど車内から突然消えた白いワンピースの女性がこちらを見おろしていた。車内ではうかがえなかったその表情は今やゆがんだ笑みを浮かべている。


 目と目が合う。

 女性の口元が動く。

 この距離ではもう何も聞こえない。

 そのはずなのに、手にしたスマホから女性の声が聞こえる。


 『わたしたち、ずっと一緒よ。』

 

 全身を貫く衝撃。女性の声を聴きながら溝内の意識は闇にのまれた。








夏が終わったので来年の夏に向けてホラー小説を書き連ねていこうかと思います。

少しでもひやっとしていただければ幸いです。


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